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- エッセー作品「今は昔のお正月」小嶋千賀子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。小嶋千賀子さんの作品「今は昔のお正月」と青木奈緖さんの講評です。
今は昔のお正月
里帰り出産に来ていた娘が、この度ようやく自分達の家に帰った。また私達夫婦2人だけの生活にもどった。
ほっとしてベビーベッドを片付けようと蔵の玄関に入ると、ベビーベッドの板と同じくらい大きな、脚付きのまな板を見つけた。
お正月の餅を切るまな板である。両方に柄のついた餅切り専用の包丁もある。
もう何十年前であろうか。この家にも餅用まな板や餅切り包丁が活躍した、慌ただしくも晴れがましい正月があった。
昭和10年前後。義母(はは)がまだ子供の頃の話。台所隣りの小部屋で住込さんが届いた棒状の餅をずっずっと切って行く。三が日は全て白餅を頂く。人数が多いので切り餅の量も相当なものである。新年は家の者達と水入らずで、3日ともなれば、いよいよ大人の時間が始まる。大祖父の国家・君が代の朗詠に始まる競技方式による百人一首の歌留多取りだ。
普通の歌留多は読み札も極彩色で、天皇や姫は玉座に在しまし、坊主めくりの遊具であるが、この家の蔵にある歌留多は読み札も絵無しの、キリキリとして厳しいものだ。その歌留多を見ていると、夫も私も生まれてもいない頃の事だが、いつまでも続く、丁々発止の接戦が目にうかぶのである。
そして新年4日は有志の客を招き、座敷2つを開き新年宴会が恒例であったと聞く。
象嵌(ぞうがん)の桐手焙(きりてあぶり)が座布団の間を占め、輪島塗の膳が並び、当主の挨拶で宴は始まる。給仕袴の男衆が手順よく料理を運び、客同士の献酬には盃洗いを配りお酌をする。宴もたけなわとなるや盃台に三ツ組の金蒔絵の盃をのせ、お客様を一巡して納めの盃となる。目の下いくらの鯛の酒肴を一むしりづつ抜かりなくお客様の膳に預け、お開きとなるのですが、盃台の盃を正客が一礼して取り上げる頃、祝儀謡の連吟が始まったと聞く。
蔵の道具を1つ1つ眺めていると、まるで私もその宴の末席に座していたかの如き錯覚を覚えた。
先日、義母が亡くなった。義母はこの家の跡取り長女である。晩年かつての正月の準備や三が日の様子を何度も懐かしそうに話していた。忙しくも賑やかな4世代揃った正月の風景。感慨無量の思いがある。
青木奈緖さんからひとこと
お嫁入り先に伝わるお正月風景が描かれています。お義母様からお聞きになった話ですから、著者は体験していないのに、見事に情景が切り取られています。お宅には代々伝わるお道具類があるようですが、この作品があれば、後の世代の方々もそれらがどのように使われていたか、いきいきと想像できるでしょう。未来へ託すエッセーです。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。第1期が2020年9月にスタート。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2021年1月12日(火)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー#2
- エッセー作品「一滴の水になっても」浅野智予さん
- エッセー作品「カズコさんの夢」宇野百合子さん
- エッセー作品「今は昔のお正月」小嶋千賀子さん
- エッセー作品「ワニ革のハンドバッグ」田久保ゆかりさん
- エッセー作品「赤ちゃんは、愛のかたち ―息子の誕生―」松本宏美さん
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