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- エッセー作品「赤ちゃんは、愛のかたち」松本宏美さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。松本宏美さんの作品「赤ちゃんは、愛のかたち」と青木奈緖さんの講評です。
赤ちゃんは、愛のかたち ―息子の誕生―
破水後入院し31時間の戦いが始まった。戦いというのは大げさだろうか。でも出産は私の人生において初めて1人でやり遂げなくてはならない事柄だった。早く子宮口を開くため、時に陣痛にうずくまりながら院内を歩いて回った。
次第に出血と痛みで自制が利かなくなる。キャップと防護服を着た夫が、キノコのように間抜けで腹が立ち帰れと怒鳴る。いざ生まれるとヘロヘロで、感動も何もなかった。貧血のためすぐに点滴が始まった。徹夜だったので眠いが発熱して胸と股間が痛くて眠れない。股間にはラグビーボールが挟まっていて(そう感じる)尿意と下痢で、ベッドの上よりトイレにこもってうつらうつらしていた。
母乳は血液から作られるので、貧血だった私の乳首からは母乳ではなく血液がにじみ出てきた。血液が出なくなるのに2日かかり息子に母乳を与えることができなかった。乳房自体も腫れて息子もうまく吸うことができず搾乳して与える日が続いた。夜中に雑誌を丸めて膝ではさみ、そこに哺乳瓶を立てて搾乳する。帝王切開後で搾乳しているお母さんがもう1人いて、私たちは搾乳シスターズだねと励ましあって、痛みにべそをかきモーモー言いながら搾っていた。彼女とはいまも年賀状のやりとりがある。
退院して家に戻ると体は疲れているのにホルモンのなせる業だろうか、とにかく息子がものすごくかわいい。私はこの子に会うために今迄生きてきたのだ。神様ありがとう!ウオーっ!だ。 まったく母乳はあふれてこないが、母性だけが洪水並みにあふれてくる。友達や、叔母が心配し訪れてくれるが、「触らないでくれ。2人っきりにしておくれ」と思ってしまう。何なの?愛せば愛するほど愛してくれるこの安心感と充実感。男の子は大変だと聞いていたが、全然大変じゃない。今まで人付き合いが苦手だったけれど、つまらない駆け引きなしに本能のまま向き合える存在。赤ちゃんはそんな存在だ。夜もほとんど眠れないのに、そのころの写真は、肌もピカピカで微笑んでいる。息子の0歳期、私の人生の中で最も幸せだった時期である。
親との確執、男性との恋や結婚にも悩み続けて、子供を持つことや育てることが正直怖かった。これまで自分に自信を持てなかった私に、息子は一緒に成長しなおすチャンスを与えてくれた。私をしっかりと見て息子が笑う度、幸せに心が震えた。感動すると心って本当に震えるのだと知った。母は強くなるというが、当たり前だ。こんなにも愛せるものに出会って、強くならないわけがない。初めての子育ては息子のことはもちろんのこと、初めての自分に出会う発見に満ちた毎日だった。
青木奈緖さんからひとこと
出産経験のある方にとっては、どれだけ歳月が流れても、忘れられない出来事として心に刻まれていることでしょう。ありのままの姿であり、母親になった直後の強い感情の動きが克明に描かれています。
エッセイとしてはとても完成されていて、こちらからの手直し提案はほとんどありません。 冷静な観察眼で生まれたばかりの赤ちゃんとご自身をしっかりと見つめています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。第1期が2020年9月にスタート。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2021年1月12日(火)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー#2
- エッセー作品「一滴の水になっても」浅野智予さん
- エッセー作品「カズコさんの夢」宇野百合子さん
- エッセー作品「今は昔のお正月」小嶋千賀子さん
- エッセー作品「ワニ革のハンドバッグ」田久保ゆかりさん
- エッセー作品「赤ちゃんは、愛のかたち ―息子の誕生―」松本宏美さん
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