苦難な人生を支え続けた言葉

佐々木常夫さんの母が教えた「運命を引き受けること」

公開日:2020/11/23

更新日:2021/07/13

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佐々木常夫さんが、家人のうつ病や自殺未遂など崩壊寸前だった家族を再生させる体験の根本には、実の母親の生き方があったといいます。若くして未亡人となり4人の子を育てた母が、佐々木さんに言い続けた言葉とは?

「運命を引き受けること」を教えてくれた母の生き方
「運命を引き受けること」を教えてくれた母の生き方

父が病死。26歳の母は4人の子どものシングルマザーに

「佐々木さんは強い人ですね」。自閉症の息子、入退院や自殺未遂を繰り返す妻と、家庭の問題を抱えながら働き続けた私のことを、こんなふうにおっしゃってくださる人がいます。

「強い」という言葉が合っているのかわかりませんが、おそらく母がいなかったら私はまったく別の人間になっていたことでしょう。私の人格に大きな影響を与えた、母の話をさせてください。

私は、2歳上の兄、2歳下の双子の弟と、男ばかり4人兄弟の次男として秋田市に生まれました。父は、秋田で指折りの豪商の次男坊。そんな父が一目ぼれして結婚を決意したのが、母でした。結婚したときには、父は実家一帯の家約10軒を親から譲り受け、私が生まれた頃は、その家賃収入と父の本職である銀行員としての収入もあり、生活にはまったく困らない、いわゆる「裕福な家」でした。

しかし、平和だった佐々木家もここまで。この後、父が結核になったのをきっかけに、状況は一転しました。

私の人格に大きな影響を与えた母

当時はまだ、結核は治る見込みが少なく、お金もかかる病気でした。治療のため、父は温泉に療養に行き、高価なペニシリンを何本か打つたびに、家1軒を失いました。何度も何度もペニシリンを打ちましたが、結局残り1軒の家を売り払ったとき、父は亡くなりました。わずか31歳でした。

父が亡くなった当時、私は6歳。父のことで私が覚えているのは、家の2階にあるベッドに伏している姿だけ。周りも「そろそろだな」という空気でしたから、幼いながらに「父さん、いつかは死んじゃうんだろうな」と心のどこかでわかっていました。

だから、父の死は私にとってそれほど悲しくはなく、葬儀のときは人がたくさん集まってきて、おいしいものがたくさん並んだのがうれしかった。今になって思えば、そんな幼子の姿は、26歳で子ども4人を抱えて未亡人となった母にとっては、いたたまれなかったことでしょう。

「笑顔で運命を引き受けよう」という母の言葉が支えに

父の治療費で自宅以外の財産を失っていましたから、母は子ども4人を食べさせていくために、働きに出るようになりました。まだ私たちが起きる前から家を出て、夜は10時過ぎに帰宅。盆と正月を除いて、とにかく働き通しでした。

結婚当初、母は人がうらやむような恵まれた家に嫁いだわけですから、このような生活を強いられるなんて微塵も予想しなかったことでしょう。家のことしか知らないような専業主婦だったので、職場では当然つらい経験もあったはずです。

でも私は母の涙やつらい顔を一切見たことがありませんでした。むしろ、いつもニコニコと笑顔。その笑顔を見て、幼い私たちは明るい気持ちになったものです。

笑顔で運命を引き受けよう

母は仕事の合間に一度帰宅して私たちの夕食を作ってくれていたのですが、このわずかな時間に母と話をすることを私はとても楽しみにしていました。そこで母がよく言っていたのが、「世のため人のために尽くす人になりなさい」「人を傷つけてはいけません」「嘘をついてはいけません」。そして、つらいことがあっても笑顔で「運命を引き受けよう」と。

「運命を引き受けて、その中でがんばろうね。がんばっても結果は出ないかもしれない。だけど、がんばらなければ何も生まれないじゃないの」

思えば、私は母のこの言葉に支えられて、家庭や会社でどんな困難に遭っても、これまで乗り越えてくることができました。

私たちは生まれてくるとき、親やきょうだいを選べません。容姿端麗かそうでないか、背が高いか低いか、これらも天から授かったもの。生まれてくる時代も国も選べません。すべて運命です。「どうしてこんな病気になってしまったのか」と嘆いても、なってしまったものはもうどうにも変えられないことです。与えられた条件を引き受けて、生きていくしかないのです。

運命は、無数の偶然と、幸と不幸をもたらすもの

私は「出会い」も同じことが言えると思います。ドラマや映画で時々「僕たちが出会ったのは運命だ」というせりふが出てきますね。ちょっとスピリチュアルな話になりますが、世の中のこれだけたくさんの人の中で誰と出会うのか、すべて自分でコントロールできているわけではなく、目に見えない力が関わっていると思うのです。

友人、夫や妻、恩師、職場の仲間などすべての出会いの背景には、無数の偶然が積み重なっています。そして、運命は必ずしも幸せなことばかりでなく、不幸をももたらします。

私は職場で妻と出会い、そして結婚しました。3人の子どもに恵まれて仕事も順調、そんな幸せな日々がありましたが、後に妻は入退院を43回も繰り返し、うつ病を患い自殺未遂を繰り返すことになるなんて……。当然知る由もありませんでした。一時は「何のために結婚したんだろう」と、妻と結婚したことを後悔しかけた時期もありました。

でも、その壁を乗り越えられたのも母の顔を思い、「これが自分の運命だ」と踏ん張れたからでした。その運命から逃げても、その先には新たな運命が待ち受け、再び幸と不幸が訪れる。私たちはいずれにせよ、厳しい試練からは逃れ続けることはできないのです。

運命は、無数の偶然と、幸と不幸をもたらすもの

私は運命を引き受ける覚悟をもって家族と向き合った結果、再び幸せな日常を取り戻すことができました。嫁ぎ先で悲運に遭っても、弱音を決して吐くことなく女手一つで子ども4人を育て上げた母は、そんな生き方の根本を、私たち息子に背中で教えてくれていたのです。

母は40歳を過ぎた頃、ある町の町長と再婚しました。父との結婚生活が短かった分、継父との第二の人生は穏やかで幸せだったようです。苦労した分、幸せを感じる力が人より大きかったように思います。町長選ではマイクを持って挨拶する母の姿は、本当に生き生きとしていました。

認知症の母は、人生の閉じ方をどう望んだろうか

しかし、継父が亡くなると、少しずつ認知症の症状が出始め、埼玉にいる弟の家で母を引き取ることになりました。しかし、症状が進行すると、病院に入れざるを得ない状況になっていきました。

認知症というのは、愛するその人の人格が壊れていく、ある意味でとても残酷な病気だと思います。本人はもちろんですが、介護をする側にとってもとても受け入れがたくつらい病気です。我が家も然り、あの頭の切れるかくしゃくとしていた母が、ぼーっと子どもたちの顔を見つめ、「誰かわからない」と言うのです。

変わり果てていく母の姿。でも私は母の「運命を引き受けよう」という言葉を思い出しました。「これも母の運命。母はそれを引き受けて今ここにいる。私たちも引き受けねば」と。認知症になったのは、変えることのできない現実。今の母からどんな言葉を言われようと、私のことがわからなくなろうと、母の本質がどうだったのかは息子である私がいちばんよくわかっているのです。

歴史や文学が大好きだった物知りの母、嘘をつくと首根っこをつかんで厳しく叱った母、よく働き、よく笑っていた母、再婚前夜に私にこっそり不安を打ち明け、女らしい一面を見せてくれた母……。どの母も、すべて本物。本当の母の記憶は、すべて私の中に確かにある。そう思うと、「悲しい」という感情は湧いてきませんでした。

認知症の母は、人生の閉じ方をどう望んだろうか

しかし、介護中とてもつらかったのが、母に胃ろうを施す決断をしたときでした。自力での食事が難しくなってくると、私以外の兄弟3人は、「どんな状態になっても、一日でも長く母さんに生きていてほしい」と、胃ろうを強く望みました。母は当然、意思表示ができない状態です。胃ろうをして人工的に余命を延ばすか、自然のまま訪れた死期を受け入れるか。「運命を引き受けよう」が口癖だった母は、訪れる自分の死期を受け入れることを望むだろうと思い、私は一人強く胃ろうに反対しました。

結局、母は胃ろうの処置をしました。チューブにつながれた母は、ただ機械に生かされているだけ。苦しそうに呼吸をしているその姿を見るだけでもつらく、「本当に長い間ご苦労さんだったね。もうがんばらなくていいよ。もう十分だよ」と思わず語りかけたのを覚えています。長い闘病の果て、母が息を引き取ったのは2001年2月のことでした。

母の姿を見て、私は人間らしく自然な形で死にたいと思い、延命治療を望まないことを尊厳死公正証書に明記しました。自分で人生を切り拓きながらたくましく生きてきた母は、本当は人生をどうやって終えたかっただろう。それを思うと、今も胸が痛みます。

佐々木常夫さんのプロフィール

佐々木常夫さん

ささき・つねお マネージメント・リサーチ代表取締役。1944(昭和19)年、秋田市生まれ。東京大学経済学部卒業後、東レ入社。自閉症の長男の育児と、肝臓病・うつ病を患い入院と自殺未遂を繰り返す妻の介護に追われながらも、同期トップで取締役に就任。2003年より10年まで東レ経営研究所社長。主な著書に『ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない』(WAVE出版刊)。


取材・文=小林美香(編集部)
※この記事は雑誌「いきいき(現ハルメク)」2014年3月号に掲載した記事を再編集しています。

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