作家・佐藤愛子さん「苦労は不幸ではない」と語る理由

2022年12月13日

逃げないから得られた経験 #2

佐藤愛子さん「苦労は不幸ではない」と語る理由

苦しい経験をしてよかったーーそう語るのは、作家の佐藤愛子さん。その理由は何なのでしょうか?ご自身の生き方や人生の楽しみ、幸福について、じっくりお話を伺いました。

苦しいことから逃げなかったから、人生の面白さを手に入れた

※インタビューは2019年10月に行いました。

東京・世田谷のご自宅で対面した佐藤さんは「体調があまりよくなくて、痩せました」と言いますが、歯切れよい弁舌は相変わらず。ぶれない生き方について、あらためて伺いたいとお願いすると……。

「私が生き方について話したって、なんの役にも立たないですよ。私のように生きたら、ろくでもない人生になりますからね(笑)。でも、ろくでもない人生というのが、慣れるとね、別に不幸だとは思わないんですよ」そう言って、クククッと笑います。

佐藤さんは20歳で結婚するも、夫がモルヒネ中毒となり、死別。再婚して一女をもうけますが、夫の会社が莫大な借金を残して倒産。その借金を佐藤さんが肩代わりし、離婚後も獅子奮迅(ししふんじん)の勢いで返済した顛末は『戦いすんで日が暮れて』などにつづられています。

「社長の女房だからといって、会社の借金を返す責任は法的にはなかったんですよ。でもね、お金を借りて返さないってのは、やっぱりよくないことですからね。貸した方が怒るのはもっともだと思って、肩代わりのハンコを押しちゃったのね。

私はわりあい豊かにぜいたくに育ってるんですよ。だから、貧乏というものが怖くてたまらなかった。ところが、実際に貧乏になってみると、別にどうってことはないんですよ。

とにかく働けばお金は入るわけだから、目の前の借金を片付けるために、しゃかりきになって働くだけ。なぜこんな目に遭うんだなんて考えている暇がないんです。だから、やれ金がない、やれ老後が心配だと言って、損得ばかり考えている人は、暇なんですね」

佐藤愛子さん

最初に取材を申し込んだとき、年金不安や老後資金2000万円問題についても意見を伺いたいとお願いしていましたが、佐藤さんは「そんなことでくよくよする方がおかしいですよ」と一蹴します。

「本当に老後が心配なら、質素倹約して備えればいいだけのことでしょう。私は持っていないけど、今はみんなスマートフォンを使っていて、あれにいくら払ってるんですか?あんなものなくたって生きていけますよ。やめればずいぶんお金が貯まると思いますけどね。

先が心配なら、心配のないように自分で何かするしかない。それが嫌なら、先は野となれ山となれで、野垂れ死にも覚悟することです。私なんか何回覚悟したかわかりませんよ(笑)」

多くの人は先の苦労をなんとか回避しようと、あたふたしてしまう。だから、どっしりと構えている佐藤さんが頼もしく見えます。

「今はみんな、何か事が起きる前からおびえていて、“事が起きない”のが幸福だと思っているんです。でもね、私みたいに苦難続きの人生も、人から見たら不幸かもしれませんが、案外面白いんですよ。苦難を突破する快さがあったからこそ、私はめげずに生きてこられたし、鍛えられた。

今の人は苦しいことから逃げるのが上手だけど、逃げなかった人間だけが知る幸福もあるんです。まあ、何が幸福かは一人一人違うから、こんなことをいくら言ってもしょうがないんですが」

北海道の別荘を建てたのは、貯金を使い果たすため

2019年11月5日に96歳を迎える佐藤さんにとって、人生の楽しみとは何でしょうか?

「楽しみねぇ……私は昔からなんの趣味もないし、無精者ですからね。こんな無精者でも借金がいっぱいあったから、馬車馬みたいに働くことに一生懸命になって、借金を返し終えたことにも何年か気付かなかったんですよ。借金は通帳から引き落としで、面倒くさいから銀行に預けっぱなしだったんです。

それで何かの拍子で通帳を見たら、1000万円貯まっているじゃないですか。あんなにびっくりしたことはないですよ。何年も残高ゼロに慣れてると、なんだか落ち着かなくてね、いつも通りにしたくなる。いつも通りって、つまり残高ゼロ状態ですよ」

当時、佐藤さんは50歳。その1000万円で東京を離れ、どこか静かな所に別荘を建てる気になったといいます。そして知り合いにすすめられたのが北海道浦河(うらかわ)町でした。

居間に飾られた若かりし日の父と母の写真

ダイヤル式の風情ある電話機
写真上:居間に飾られた若かりし日の父と母の写真/写真下:ダイヤル式の風情ある電話機。今も現役で「チリリリン」と鳴ります

「土地は500坪で100万円という安さ。紹介された大工の棟梁(とうりょう)に『900万円で家が建つか?』と聞いたら、『建つ』と言うので、一切を任せることにしたんです。

ところが、しばらくして棟梁がやって来て、『途中まで建てたけど、金が足りない』と言い出して。聞けば、私の土地は山の中腹で一軒家ですから、下の集落から電気、水道を引かなきゃならない。電柱は10本必要だとか。その代金を予算に入れ忘れたと言うんですね。

仕方がないから『それでは二階をやめて平屋にしよう』と言ったら、『もう二階建ての骨組みを造ってしまった』と言う。

それなら二階の内部は天井はなくていい、外壁があれば内壁はなくていい、床も張らなくていい、つまり二階は使わないのだから階段もいらないと言うと、棟梁が『そんな家を建てたら笑い者になる』と、階段だけは自腹でつけてくれて(笑)。それでそんな家が建ちました。

でもね、そんな家でも暮らせるんですよ。そこからまた働きに働いて、少しずつ内壁や床を張っていって、10年目に完成したときは、張ったばかりの天井の下で娘と万歳三唱しました。

佐藤愛子さんインタビュー

人生の楽しみは何かという質問に戻ると、「それですよ。新築であるからには完全なものでなくては、じゃなくて、そういうおかしな家を建てても楽しく暮らす。どんな状況になっても面白く生きれば、それでいいんです」

そんな思いをして建てた家で、佐藤さんは心霊現象に見舞われ、鎮めるのに20年かかりました。その壮絶なる闘いは、著書『私の遺言』などでつぶさに語られています。

「苦しい経験であろうとなんであろうと、ないよりはあった方がいいんですよ。その分、人生が広がりますから。何でも面白がって生きればいいんです。自分の性に合った生き方をしたのだから、私は満足してますね。アハハ」

佐藤愛子さんのプロフィール

さとう・あいこ 1923(大正12)年、大阪府生まれ。69年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、79年『幸福の絵』で女流文学賞、2000年『血脈』で菊池寛賞、14年『晩鐘』で紫式部文学賞を受賞。16年刊行のエッセー『九十歳。何がめでたい』(小学館刊)がベストセラーに。近著に『冥界からの電話』(新潮社刊)など。

取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部) 撮影=中西裕人

※この記事は雑誌「ハルメク」2019年12月号を再編集、掲載しています。

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