苦難は引き受けた方がラク #3

佐藤愛子さん|逃げないことが自信になる

佐藤愛子さん|逃げないことが自信になる

更新日:2025年06月22日

公開日:2023年10月27日

まもなく99歳、佐藤愛子|逃げないことが自信になる

2024年11月5日の誕生日に101歳を迎えた作家の佐藤愛子さん。2021年に断筆を宣言したものの「やはり私には書くことしかない」と再び筆を執りました。そんな佐藤さんに、書くこと、生きること、老いることについて、じっくりお話を伺いました。

半分やけくそで生きているようなものですよ(笑)

半分やけくそで生きているようなものですよ(笑)
毎日、原稿用紙に向かっている机。窓からは庭の木々が見えます。

※このインタビューは2022年9月に行われました。

――2021年夏に断筆宣言をされて話題になりましたが、なぜ再び筆を執られたのですか?

書かない生活をしばらく続けていたら、退屈でね、たまらなくなったんです。私はもともと表に出るのが好きじゃなくて、家にいるのが好きな上に、掃除をしたりするのは嫌いだから、書くことしかすることがない。やはり書く人間なんですよ。

――今も基本的には一人暮らしで、お食事も自分で作っていらっしゃる?

ええ。娘が2階で別所帯で暮らしているんですけど、食事も生活もすべて別にしています。もともと料理は好きでやっていましたが、今はお食事っていうほどのものは作っていないですよ。飢え死にしない程度で(笑)。

最近は杖なしでは外出できなくなったものですから、食事の材料は娘が買い物に行くときについでに買ってきてもらうんです。でも、やっぱり食材は自分の目で見ないとね。“ああ、もう新キャベツの頃か”というのは、お店に行って気付くわけでしょう。家にいて、しょっちゅうキャベツのことを考えて生きているわけじゃないですから。だから今はあるもので食べています。

それに、年のせいか原因がわからないけれど、 最近はそんなに空腹を感じることがないんですよ。“そういえば朝から何も食べていないな”と、夜になってから気付くくらいでね。それでもやっぱり食べなきゃ力が出ないから、無理に食べますけど。もう98歳ですからね、食欲がなくてもそんなものだろうと誰も心配しないんですよ(笑)。

半分やけくそで生きているようなもので、やっぱり書くことが支えになっていますね。

姑の悪口、離婚、借金…悲観的なことを面白おかしく

姑の悪口、離婚、借金…悲観的なことを面白おかしく

――書くことは小さい頃からお好きだったのですか?

もともと好きでも何でもなかったんですよ。最初に結婚した亭主がモルヒネ中毒で、このままでは共に滅びることになるからと離婚したとき、やっぱり自分で何かして生きていかなきゃならないですからね。

心配した母に「おまえにできることといったら、書くことしかない」と言われて、それで書き始めたんです。

作家だった父が生きていた頃に、私はよく結婚生活の憂さ晴らしに姑の悪口を書いた手紙を送っていたのね。それを読んだ父が「愛子は文才があるな。普通だったらただの愚痴になるような悲観的なことを面白おかしく書いている。これは嫁になんかやらず作家にした方がよかった」と言っていたらしいんです。

それを母が思い出して、書いてみたらどうかとすすめたわけね。だから文学的な素養があるわけでもなく、他にできることがないから小説を書き始めたんです。我ながらいい加減なものだと思いますね。

逃げると余計苦しくなる、逃げないことが自信になる

逃げると余計苦しくなる、逃げないことが自信になる

――二度目の結婚では、夫の経営する会社が莫大な借金を残して倒産。法的な責任はなかったにもかかわらず、佐藤さんは会社の借金を肩代わりして離婚後も返済に追われました。なぜ借金から逃げなかったのですか?

当時は、どうやって逃げたらいいかわからなかったし、逃げるよりも引き受けた方が早いと思ったんです。そもそも借りたお金を返さないっていうのは、やっぱりよくないことでしょう。

会社を潰した亭主は逃げることしかできないけれど、私は原稿を書けばいくばくかのお金をいただいて返済にあてられるわけですから。私は気が短いというか、面倒なことが苦手なので、借金取りから逃げ回って、理屈や泣き言を言うよりも、借金を払ってしまう方がラクだったんですよ。

――莫大な借金を引き受けるのは、ラクというより怖いと思う人の方が多そうです。

さすがの私も、夫の会社が倒産して、その倒産額が2億円とわかったときは、気力体力とも萎えました。それでどうしたかというと、整体を受けに行きました。

私は臼井栄子(うすい・えいこ)先生という、人格も技術も立派な整体の先生にずっと診ていただいていたんですね。その日、先生は私の体を診ると、「佐藤さん、いつもと体が全然違います。何かあったんですか?」とおっしゃいました。

それで「昨日、夫の会社が潰れました。今日は本当は小学校の同窓会に行くつもりだったけれど、さすがに行く気がなくなって、先生のところに伺ったんです」とお話ししたら、先生がこう言われたんです。

「苦しいことがあったとき、そこから逃げようとすると余計に苦しくなる。正面から受け止め、受け入れた方がラクになるんですよ」と。その「受け入れた方がラクになる」という言葉が、私の人生を決めました。

尊敬している先生に「これから家に帰らず、真っすぐ同窓会に行きなさい」と言われた私は、ラクになりたい一心で言われた通りにしたんです。

同窓会の会場に着くと、みんなが「佐藤さん、遅かったわね」と言うから、「実は昨日、夫の会社が潰れたものだから、来るかどうか迷っていたのよ」と話したら、男連中は「君は変わっているな。亭主の会社が潰れたっていうのに、ケロッとして同窓会に来たのか」とびっくりしていました。

あんまりみんなが口々に「変わっている」と言うから、そうか、こういうときは家に籠って懊悩しているのが普通なんだな、と思いましたね。でも、私はとにかく出てこられたんだと自分で自分を元気付けて、それが自信になりました。逃げない人生の始まりでしたね。

――逃げないことで、その後の人生はラクになりましたか?

ラクになりましたね。山のような借金を背負ってから、怖いと思うことがなくなりました。もうこれ以上貧乏になることはないと思えば腹が座って気楽なもので、借金がだんだん減っていく楽しみもありましたから(笑)。

やっぱり私は、逃げるよりも闘う方が向いているんですよ。だからといって、すべての人に「逃げるよりも闘いなさい」と言うつもりはありません。私みたいな人間だから、苦しいことから逃げずに闘って乗り越えましたけど、人によっては苦労を抱えこんで首を吊るなんていう結果になりかねませんからね。

臼井先生は長い間、私の体を診ていて性格もよくわかった上で「苦しいことは受け入れた方がラク」とおっしゃったんです。同じことが誰にでもあてはまるわけじゃない。正論ばかり言ってもしょうがないし、人にアドバイスするというのは難しいことですよ。

欲望や恨みつらみの情念をなるべく減らして死に臨む

欲望や恨みつらみの情念をなるべく減らして死に臨む
長年使い続けたためボロボロになり、ガムテープで補修している広辞苑。「死ぬまで引き続けるつもりです」

――振り返ると、どんな人生でしたか?

面白かったですよ。苦しいことから逃げなかったことに私は満足しているし、もう十分に生きました。思い残すことは何もない。願わくば、七転八倒しないで穏やかに死にたいというだけですね。

死ぬことは嫌じゃない。だけどね、本当の問題は死んだ後にひかえているわけですよ。

――死んだらおしまいではない?

死んで全部おしまいになるならいいけれど、私はおしまいじゃないと思っています。完全に死んで、あの世に行ってから生き返った人はいないから、はっきりとはわかりませんけどね。

死後の魂について私なりに書物を読み、勉強した結果、死んだら物質である肉体はなくなるけれど、魂は残ると考えるようになりました。その魂の行き先は、今生での生き方や魂のありようによって決まります。

だから老後は、欲望や恨みつらみといった情念をなるべく減らして、最後まで自分を律して死に臨むということが大切なんじゃないかと私は思っているんです。

ありがたいことに、年を取っていくと欲望は自然となくなっていきますね。だって若い頃は、肌はピチピチしていて、髪もふんわりあって、より美しくなりたいという欲望を持つでしょう。

でも90歳を過ぎてごらんなさい。どんなに抗ったって、どうしようもないことばかりですからね。年を重ねるごとにエネルギーが衰えていくのは、やっぱり神様が人間に与えられた恩典だと思うんです。

そうしてなるべく欲望を消して死後の世界に赴く。最後の修行を私もしているところです。

佐藤愛子(さとう・あいこ)

1923(大正12)年大阪府生まれ。69年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞受賞。79年『幸福の絵』で女流文学賞、2000年『血脈』で菊池寛賞、15年『晩鐘』で紫式部文学賞を受賞。16年刊行のエッセー『九十歳。何がめでたい』が125万部の大ベストセラーに。他にも『私の遺言』『冥界からの電話』など著書多数。

取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部) 撮影=安部まゆみ

※この記事は雑誌「ハルメク」2022年11月号を再編集、掲載しています。

作家・佐藤愛子の幸福論《全3話》

#1 作家 佐藤愛子・95歳|呆れられても、書き残したい
#2 もうすぐ96歳、佐藤愛子|苦労は不幸ではない理由
#3 まもなく99歳、佐藤愛子|逃げないことが自信になる

HALMEK up編集部
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