誰かに頼る勇気、受け止める勇気
佐々木常夫|家族のことで一人悩んでいる人へ
佐々木常夫|家族のことで一人悩んでいる人へ
公開日:2020年11月23日
悩みを人に言えないことから心の病へ
私は家族の苦難があったことで、人より少し重い荷物を背負ってはきましたが、おかげで世の中は順調な人生の人ばかりではない、という社会の現実に目を向けることができました。
世の中に悩みを抱える家庭は我が家だけではないと思い知ったのが、ある雑誌に私のインタビューが掲載されたときのことでした。インタビューで私は、家族のこれまでに起きた問題を包み隠さず語りました。すると、掲載後に知人から「実は私の子どもはダウン症です」「うちの子は引きこもりです」「娘がうつ病なんですが……」と次々に打ち明けられたのです。とても驚きました。
日本では今、5人に1人が、家庭で何らかの問題を抱えている、といわれています。そして、悩みを相談したり共有したりできる人がなく、一人でつらい思いを抱えている人がたくさんいるというのが、日本の現状です。

その証拠に日本は1998年以来、年間自殺者数が3万人を超え続けていました(※)。これはもはや“内戦”が15年間続いているような状況です。WHO(世界保健機関)によると、日本は先進国の中でトップクラスの自殺率です。
※編注:記事は2013年の資料に基づくもの。現在は減少を続け2019年の自殺者数は2万169人)
3度自殺未遂を繰り返した私の妻もそうでしたが、自殺者の多くは、うつ病などの目に見えぬ心の病を持っています。厚生労働省の患者調査によると、うつ病を含む気分障害患者数は、1996年から2008年までの12年間で2.4倍も増加しているそうです。
「自殺が減らない原因は何だと思いますか」。内閣府が設置する自殺対策チームのメンバーだった当時、会合で政府委員からこう聞かれました。答えは単純明快です。「悩みを人に言えないから」。そうはっきりと答えました。
私はかつて、部下だった男性が「肝臓が悪い」との理由でよく会社を休み、結果、彼はうつ病であることを隠すために嘘をついていたことがわかった、という経験をしました。心に病を抱えた当事者は、自分で自分の異変を認めようとはしません。仮にそうであることを自覚していても、偏見を恐れて周囲には隠そうとします。
つまり、悩みを抱えても人には言えない状況がうつ病を生み、うつ病になったことも偏見を恐れて人には相談できず、結果、自殺者は減らないまま。日本はまだまだそういった意味で国民が幸せな国には程遠いと感じています。
一人で苦しみを抱え込まない社会にするには
自閉症・アスペルガー症候群、障害者、アルコール依存症、不登校・引きこもり、認知症……すべて合わせると1400万人。さらにそのご家族を含めれば、3000万人を優に超える人たちが、何らかの悩みを抱えて暮らしています。では、どうすれば悩みや苦しみを抱えた人たちが一人で抱え込まぬ社会にできるのか。
問題の根底にあるのは、悩みを抱える人を除外して日本社会の基準が作られていることではないかと思います。
わかりやすいのが、障害者の雇用状況です。障害者は、総人口の6%に当たる788万人。このうちいったい何人が民間企業や公的機関などで働いていると思いますか? 障害の重さによって働くことが困難な人も中にはいますが、わずか47万人程度です。これが日本の現状なのです。障害のある人の多くが、自立して生活できるほどのお給料を得られていません。
「そうはいっても、障害者は普通に働けないじゃないか」と思うかもしれませんね。そう、彼らは往々にして「できない」と決め付けられがちです。でも、できないことばかりではありません。

昭和30年代から障害者の「できること」に注目し、雇用につなげている素晴らしい会社が、川崎市にあります。法政大学大学院教授の坂本光司さんの著書『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版刊)にも紹介されている、日本理化学工業株式会社です。
チョークの製造で国内シェア3割以上の確かな実績をもつ会社で、驚くなかれ、全社員76人中75%に上る57人に知的障害があります。つまり、ここでは健常者の方が“普通ではない”のです。
この会社の大山泰弘会長は、あるお坊さんにこう言われたのだそうです。
「人間の究極の幸せは、愛されること、ほめられること、役に立つこと、人に必要とされることの4つです。愛されること以外は、働いてこそ得られます」と。
以来、人間の幸せをかなえられるのが会社なら、知的障害者を一人でも多く雇用しようと考えるようになったといいます。
社会も家族も、多様性があるから強くなれる
大山会長は、社員に「これをやらせよう」ではなく「何ができるか、どんな工夫をしたらできるようになるか」を考えて環境を工夫しているそうです。
例えば、ほとんどの従業員は字や数はわからなくても色は識別できるため、「赤いふたの缶に入った材料を量るときは、赤い分銅を使う」という色のルールを作ったり、時計を読めない人のために、砂時計を使ってミキサーで材料を混ぜる時間を計れるようにしたり。結果、社員全員が障害の有無にかかわらず、立派にそれぞれの役割を果たして仕事をしています。
自閉症の私の長男・俊介は、作業所に通っています。そこで行っていることは、新聞に広告を折りたたんで入れたり、ボールペンの芯をペンの本体の中に入れたり。俊介が得意なのは本を読むことと、パソコンを操作することです。でも、今の状況では、俊介の得意・不得意など関係ありません。障害者が通う作業所の多くが、残念ながらこのような実情なのです。

日本の企業は、もっと「できること」「得意なこと」を生かして働ける場を作るべきです。私は、東レにいたときから、その人のいいところに目を向けて、能力を引き出すことを心掛けてきました。これを、私は「ダイバーシティー経営」と呼んでいます。
ダイバーシティーとは「多様性」という意味。企業に限らず、もっとみんなが豊かに生きられる社会にするために、日本には多様性が求められていると思います。なぜなら、多様性のある社会の方が強いからです。
似たような人だけ集まった組織は、いざというときに弱い。倒れるときは一度に倒れてしまいます。反対に、多様性のある組織は、意思統一は難しいかも知れませんが、みんなが一度に倒れることはありません。そして何より、深みのある幸せな社会になります。
家族にも同じことが言えるでしょう。我が家の場合、妻は神経質なところがあって、じっくり考えるタイプ。一方で、私は何があっても動じず、結論を急ぐタイプ。よその家と同様、「どうしてあなたはわかってくれないの?」とけんかをすることもしばしばでした。
でも、今思えばこの性格の違いがあったからこそ、我が家は倒れずに危機を乗り越えられたのだと感じています。
誰かに頼る勇気、それを受け止める勇気
日本は少子高齢化という課題を抱えています。一人っ子同士が結婚をしたら、親4人を2人で支えなくてはいけない。親4人が一度に要介護状態になったら……。もう家族だけで家族を支える時代は終わろうとしています。
家族は社会全体が支える、みんなが肩寄せ合って生きていくような風土を作らないと日本はいずれ倒れてしまう。そう危惧しますが、現実はそれとは逆行した「隣は何をする人ぞ」的な風潮です。
このような社会を少しでも変えていくために、まずはささいなことでもいいから一人一人が勇気を持って一歩を踏み出してほしいと思っています。

かつて私の部下の女性が、仕事があるのにどうしても子どもを預ける先が見つからず、困った挙げ句、近所の八百屋さんの老夫婦に「すみません……子どもを預かってもらえませんか」と声をかけました。「ああ、いいよ」。老夫婦は快く引き受けてくれたそうです。
私は世の中を変えるのは、政治でも法律でもなく、こういうことではないかと思っています。みんなが思い切って誰かに頼る勇気を持ち、それを受け止める勇気を持つ。その輪が広がっていけば、ゆくゆくは日本は本当の意味で先進国となると信じています。
私が今、こうして家族と共に再び幸せな生活を送れているのは、まさに自分以外の人たちの大きな力があったからだと感じています。
「誰もが幸せな社会を作るために、私には何ができるだろうか」。これが、目下の私の人生の大きなテーマです。
佐々木常夫さんのプロフィール

ささき・つねお マネージメント・リサーチ代表取締役。1944(昭和19)年、秋田市生まれ。東京大学経済学部卒業後、東レ入社。自閉症の長男の育児と、肝臓病・うつ病を患い入院と自殺未遂を繰り返す妻の介護に追われながらも、同期トップで取締役に就任。2003年より10年まで東レ経営研究所社長。主な著書に『ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない』(WAVE出版刊)。
取材・文=小林美香(編集部)
※この記事は雑誌「いきいき(現ハルメク)」2014年4月号に掲載した記事を再編集しています。
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