母との約束を果たせた気がして、
涙がこぼれた日
私ね、母を見送ってから長いこと、泣けなかったんです。
それが1年後、アルバム「Hana Uta」(2022年)のレコーディングで「Heritage(ヘリテージ)」という曲を歌い終わったとき、突然、涙が出てきたんです。
「50歳にしか見えないですね」
と言われるより、
「さすが70歳」と言われるようになりたい。
そういう70歳がくるように、がんばっています
軽快なトークにパワフルな演奏と歌声で人々を魅了し続けるジャズシンガーの綾戸智恵さん。2023年6月にデビューから25周年を迎えました。第5回は、母を看取り、もう一歩先に歩みだそうとしている綾戸さん、66歳の今とこれからについて。
写真=事務所提供
私ね、母を見送ってから長いこと、泣けなかったんです。
それが1年後、アルバム「Hana Uta」(2022年)のレコーディングで「Heritage(ヘリテージ)」という曲を歌い終わったとき、突然、涙が出てきたんです。
この曲は1stアルバム「For All We Know」の中で歌ったんですが、ジャズのスタンダードではなくてデューク・エリントンのミュージカルの中の1曲で、そう!珍味とでも言うか、そんな曲。家族を歌った大好きな曲なんです。26年前のレコーディングでは、大先輩のトリオにうまく説明できず、思ったように歌えませんでした。もう一度歌いたかったんです。
今回ブースで歌い終えた後、「OKでーす」という声が聞こえてミキサールームに行こうと思ったら、「ん?なんや」。手の甲にぽろっと涙が落ちてきたんです。泣いたというより、涙が自然と出てきた、3滴ほど。びっくりすると同時に、「あーよかった、歌えてよかった」と思いました。
なかなか褒めない鬼プロデューサーも、「いいっすねー」と言ってくれてね。うれしかったわ。66歳になって、やっと歌えた。ここまで生き延びて、ちょっとはマシになったんやな、と思いました。
母のことを思い出して歌ったんです。「なすべきことをやらないかん。子どもを大きぃすること、お友達を大事にすること、いろいろなすべきことをせなあかん。そしたら、いつかは“なる”」と、母が言ってたんです。今日、やっとここまで来たんかなと思って、うれしくてぽろっと流れたんやと思います。
コロナ禍の2022年にリリースした最新アルバム「Hana Uta」。