クリスマスには鯉?
2021.12.17見ないとわからない
50歳代で病気を機に再入学した大学で学びだしました。歴史、美術史の世界に迷い込んだ私は、「今まで何も知らなかったのだ」ということがわかりました。
ある日、中国古代史の教授に質問をしました。「万里の長城とはどういうものですか? まるで想像できません」
答えてくださいました、「まず、学校の校舎を想像してみてください。3階建てほどの校舎を」「その校舎がうねうねと連なっているのです」
う~む、??? はてなマークが頭の上でグルグル回り始めました。
実物を見ないとわからない、では行ってみるしかないですね。
そんな具合に、次々に興味がわき始めました。どうしても納得がしたくて、次々に見に行くことにしました。
そうして、今までパスポートさえ持っていなかった私が世界旅行を始めてしまったのです。
学業との両立
パートタイマーで働き、大学の学費と海外旅行のお金を捻出しながら過ごした日々でした。年に3回ほどの海外旅行の金額と、大学の学費は馬鹿にならない金額です。手品のようにやりくりして、欲求を満たしていきました。いま考えると、魔法使いのような気がします。
万里の長城にはじまり、海洋都市、ギルドの世界観、ハプスブルグ家の歴史、ベトナムの王朝期、画家たちの周り、絵画史、はたまた世界の鉄道に興味がわき「乗り鉄」の血が騒ぎ始め……。ロシアに行ったり、イギリスからフランスにドーバー海峡の下を列車で渡ったり、次々に学んでは旅をし続けました。
心の引き出しを開く
心の引き出しには思い出の「一コマ」が入っているのではありません。その時々の情景が、そのまま臨場感を持って詰まっているのです。
一つの引き出しを開くと……、クリスマスの雑踏の街角、マーケット屋台の焼き菓子の焦げる香り、人々の笑い声、足音、暮れかかる空の色、どこからか流れくる音楽、いろいろな情景がくり広がるのです。
そしてもう一つには、暗い夜明け前の街、ジープに乗ってサハラに到着。砂山をいくつも越えて砂の上に座り、寒さに震えながら夜明けを待つ時間の流れ、空気の振動、音も無く姿を替えていく砂の風紋。それらの情景が、目の前に広がるモロッコの朝です。
また、初めて訪れたアドリア海の港町、大聖堂の前で市民によるクリスマスページェントが繰り広げられ、その後には雑踏に交じってダンスが始まります。見知らぬ国の異邦人、腕を組んで見よう見まねで踊りに紛れる高揚感。
夜が更けてそれぞれが家路に急ぐ頃、一人で街の路地を歩き始めると雪が舞い降りてきます。フッと後ろを振り向くと、私の足跡だけが石畳の上に残っている夜中。冷え切った体で急いでホテルまで帰り着くと、ロビーで本を読んでいたホテル従業員女性がそっと差し出してくれた温かいコーヒーの香りが満ちてきます。
とっておきの引き出しには、何も音がありません。
ゴッホの絵の前でずっと立っている私の後ろ姿です。お気に入りの夜のカフェテラスの絵の前で、2時間ほど立ちつくしました。絵の中に入り込んで歩きまわります。
ふと横に目を移すと、ガラス越しにクレラーミュラー美術館の森の緑が揺れている情景が見えます。
ここは音がない、色彩だけの引き出しです。
さて、今夜はどの引き出しを開きましょうか?
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