私にも出来た! 北半球105日間クルーズ

いざ、横浜港へ。準備万端でも心の片隅はドキドキ

松本 悦子

生まれも育ちも埼玉県。海への憧れを、66歳にして叶えた松本悦子さんの北半球105日間のクルーズ旅行記をお届けします。今回は、クルーズについに出発、それまでの出来事と心境を振り返ります。

60代からのピースボート
出航時、大桟橋を離れてゆくピースボート
【目次】
  1. クルーズ出発の準備。家族の協力があってこそ安心できた
  2. 準備をしていたら、あっという間に4月に。
  3. 本日、事も無し! いざ乗船です

クルーズ出発の準備。家族の協力があってこそ安心できた

8月に勢いで申込んでから、配布されたクルーズの手順に沿って振込・パスポートの確認・IDカード等の写真用意など事務手続きを済ませ、迎えたお正月。改めて4月12日からのクルーズが現実化してきました。
 
日常生活を淡々と過ごしながら、クルーズ105日の日々に思いをはせ、あれこれと準備を進める日々でした。
 
子ども達にはお正月に集まったときに、私がクルーズに行くことを正式に伝え、家にひとり残る夫の見守りと、出来る範囲での協力をお願いしました。
 
東北に住む二女は日常的には無理なので、東京に住む長女と近くに住む長男は快諾してくれましたので内心ホッとしました。
 
クルーズから帰ってきた後、実際はどうだったのかを夫から聞くと、長女は何種類かの惣菜を作って短い時間だが定期的に訪ねてくれて、長男は孫達と週末に様子を見に来て一緒に食事をしたり、夫の生活ぶりを褒めたりして励まし続けてくれたとのこと、二女は惣菜のセットを冷凍便で送ってくれて、ときどき電話で夫の様子を窺ってくれたとのこと、 三人の子ども達のサポートに改めて感謝をしました。
 

準備をしていたら、あっという間に4月に。

そしてお正月から、出発する4月12日までは、本当にあっという間でした。

娘夫婦と孫たちとの温泉旅行、所属しているスポーツクラブの新年会、月例会をこなし会計を預かっていたクラブの新年会会計・決算・決算書配布等何やかやと過ぎてゆく毎日でした。
 
また夫と二人でガラパゴス携帯ながら、新しい機種に変更して使用方法に四苦八苦していました。
 
その間にも、クルーズ用の写真や提出書類の作成から送付、姉と夫との恒例の草津温泉へ三泊四日で出かけたり、長いお付き合いの友人2人と 美術館・昼食+お茶、そしておしゃべりを楽しんだり、低山歩きの仲間と「西国分寺・野川の道歩き」、義妹のお誘いで歌謡ショーにも出かけました。
 
2月には、成田山新勝寺の節分会に詣で白鵬関やNHK「直虎」の出演者、市川海老蔵さん親子等の豆まきを見て、「海上安全」のお守りをいただいてきました。
 
第2回目の野川歩きを楽しみ、クルーズ中に途上国へ援助物資を届ける時に使う袋(自宅に使われずに有った物)を一箱、乗船予定の「ピースボート」に送り出したり、父方の叔父のお墓参り、父の命日、介護施設にいる母の見舞い、会計を預かっている団体の総会の準備、総会資料作成、引き継ぎ書類の準備、等であっという間に終わりました。
 
3月も「第3回野川歩き」を楽しみ、クルーズに持参しよう!と名刺を2種類、50枚作成。予定していた兄姉達と温泉に出掛けたり、春の彼岸も無事済ませ、春休み早々娘と孫達来宅して食事会をしたりお餞別等いただいたりして、冬物の始末と家の手入れと、総会も引き継ぎも終わり3月からいよいよ4月に入りました。
 
季節の変わり目は、やることが多いこと多いこと。春休みに泊まりに来ていた、中学1年生と小学1年生の孫に、2階に冬籠りをさせていた君子蘭、アマリリス、ハイビスカス等の鉢物20鉢をウッドデッキに降ろしてもらい、部屋の片づけと掃除までしてくれて、若いパワーと成長に驚き、また大いに助かりました。
 
所属するスポーツ吹き矢の団体には4月から8月までの間の休部届を提出しにご挨拶に行きました。ちなみに、休部する理由については、代表の方をはじめ一部の人にしか話しておらず、その方々に「クルーズに参加している件は口外しないように」とお願いしたのですが、帰ってきたらダダ漏れでした(笑)。
 
そんな慌しい日々の中で、4月5日、いろいろと試行錯誤の上で詰め込んだトランクと段ボール1箱を宅急便で送り出しました。
 
いよいよクルーズ前日の4月11日。長男と孫が「大宮氷川神社のお守り」とお餞別を届けてくれ、娘達家族からも電話をいただき、親友ともランチを楽しみ逸る心を抱えて眠りにつきました。
 

本日、事も無し! いざ乗船です

4月12日(水) 晴 5時40分起床、洗濯、布団干し、朝食・大宮駅7:54分発で横浜へ。
 
日本大通りにはピースボート・ボランティアの人達が角ごとの通りに、大桟橋への案内に立って笑顔で挨拶と「行ってらっしゃい!」と声をかけて送ってくれました。
 
用事のある夫は、玄関で「気を付けて!」と送り出してくれました。

昨日まで「もし夫と私に何かあったら……このクルーズにはたとえ前日でも行けない」という覚悟でした。荷物を送り出し準備万端整っているのに、やっぱり心の片隅ではハラハラ ドキドキしていましたが、本日事も無し!!
 
行ってきますと「リュック」を肩に出掛けてきた私の心は足取りは軽く心は躍っていました。

大桟橋に向かって大きなトランクやバックを持った人達が続々と集まって来ています、赤い大きな煙突のピースボートの船体も見えてきて、ちょっと緊張の出国手続き、ほっとして笑顔でチェックイン。書類とID カード等いただいてこれから105日過ごす6068号室へ。
 
狭いなりにコンパクトに整った、海側の4人部屋・上段が私の居住空間、先に送っていたトランク、段ボール4人分が部屋の通路いっぱいに置かれていました。
 
同室のR 子さんと笑顔で挨拶、自己紹介、まずはベッドを決めたら荷物をロッカー等に片づけ、さっそく1回目の避難訓練。「こんにちは」と挨拶を交わしながらも、緊張感でみなさんよそよそしい感じです。

その後昼食、13:00出航セレモニー、9階のデッキに出ると「行ってらっしゃい」の大断幕を上げている人や、家族、友人、等見送りの人達が広い大桟橋に一杯で笑顔で手を振っています。
 
私達は10階に上がり、関係者の挨拶や音楽の演奏等のセレモニーと見送りの人達を見ていました。
 
見送りの人の中に、ひときわ大きく手を振っている人に目をやると「エッ!」 何と都内に住む長女夫婦が見送りに来てくれていました。
 
アイコンタクトが取れ、私は本当に嬉しくて大きく手を振り「行ってきます―!」と叫んでいました。
 

60代ピースボート
見送りの人達も見えなくなり、横浜ベイブリッチをくぐりぬけようとしているピースボート


やがてピースボートは静かに岸を離れ、ベイブリッジを真上に潜り神戸港へと出航。私達は揺れる船内を探索したり、船内説明会に出たり、夕食を食べたり、夕暮れの海を眺めたりして、今日から始まる105日に思いをはせました。

そして揺れるベッドの上で、船旅の不安と未知への期待を胸に、今日1日の朝からの慌しさを思い出しながら、眠りに就きました。
 

次回は、第6回 クルーズ中は、24時間自分の時間!船内での過ごし方

▼▽松本さんのクルーズ体験記はこちら▽▼

第1回 私にもできた!北半球105日クルーズの旅

第2回 クルーズ準備(1)クルーズにかかるお金と長旅への覚悟

第3回 クルーズ準備(2)家のこと、洋服のこと

第4回 クルーズ準備(3)実際に便利だった雑貨と生活必需品

第6回 クルーズ中は、24時間自分の時間!船内での過ごし方

松本 悦子

埼玉県 /68歳
埼玉県 /68歳

先祖代々生まれも育ちも埼玉県。フットワークのよさで、軽めの頭をのせて今まで生き抜いてきた気がします。5坪程の畑で季節の野菜、果物の木を植え、花を愛でて現在夫と2人暮らしです。2017年4月から7月で105日間北半球一周のクルーズに行ってきました。 大切な宝物のクルーズ体験記を読んでみてください。

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