古いリュックの目線で思い出をなぞる

シンティ・ロマの歌

公開日:2021/06/15

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コロナ旋風吹き荒れる昨今、思いは遠く異国の地に流離う私の魂は何を思い出すのだろう。

シンティ・ロマの歌
いつの日だったか、自由に異国を旅することができた日々の事です

東欧の国で

50代で再入学した大学で学んだハプスブルク家の歴史、憧れと興味とで何度も何度も東欧地域を旅するようになりました。コロナ旋風吹き荒れる昨今では夢のまた夢の出来事であり、自由に何度もヨーロッパに通えた日々が遠い昔のように思えます。

コロナウイルス流行前には、東欧のイースターやクリスマスが大好きで毎年ウィーンやプラハに出かけていました。

東欧の国で

クリスマスの屋台では街ごとに異なるカップでホットワインを売っています。雪の降るクリスマスマーケットをカップ片手に歩く時間は、おとぎ話の世界に入り込んだような気持ちになります。

東欧の国で

東欧の国で

各町のクリスマスマーケットでホットワインを5ユーロほどで購入し、飲み終わってカップを返しに行くと2ユーロが戻ってくる仕組みです(スイスは少し物価が高いので、5ユーロでは買えません)。

しかし、私は街ごとのカップコレクションを始めたため、あえてカップの返却をせずに持ち帰ることにしています。クリスマスマーケットのカップのコレクションをする方は意外と多いようですよ。手ごろなお土産&思い出の品になります。

コロナ禍で今はどこにも行けないのですが、我が家の棚に何十個と並ぶカップを眺めてはため息をつくばかりです。早くコロナ旋風が終息して、自由に海外へ出かけたいのですけどね。

東欧の国で

シンティ・ロマの歌声

旅する時のスタイルは動きやすい普段着よりはもっと普段着らしい服を着用するので、決しておしゃれな旅にはなりません。いつも決まって同じリュックを背に見知らぬ街をテクテク歩きます。ほぼどこへ行くにも同じリュックなので、良き相棒になっているこのリュックは、旅の間のいろいろな場面を私とともによく見聞きしてきたと思えます。

シンティ・ロマの歌声

東欧にはシンティ・ロマの人が多く存在します。以前はジプシーと言っていたのですが、ジプシーはエジプトから来た人という語源があります。またジプシーの言葉自体、現在では差別用語となっていますので、今はシンティ・ロマと言われています。仕事をしながら各地を転々とする人もいますが、定住して生活する人も大勢います。ドイツ、東欧に多く見かけます。

単一民族でほぼ定住して暮らす日本人にはなかなか理解しにくい部分もあると思われますが、世界には定住しないで生活する民も多くいるのです。日本でも旅芸人の方、サーカスの方など数か月で移動する方たちもいます。かつては山岳に住むサンガという民もいました。ただあまり知られていないのではないかと思います。

ある日、私の好きなチェコのプラハでは、火薬塔からマサリク駅に向かって歩いて行くと前方からやってきた10歳くらいの男子を連れたシンティ・ロマの母親の姿。土産物屋の立ち並ぶ通りの中ほどに立ち、空き缶をすえます。その前で男の子がよく透き通る声で歌いだしました。

母親も歌に加わりなんとも不思議な哀愁ある歌声が通りに響くのです。男の子のかぶる年季の入った茶色のコールテンの帽子が、どことなくプラハの街によく溶け込んでいます。歌が終わるとパラパラと小銭を缶に入れた人々が過ぎ去っていきます。一呼吸入れるとまた二人は歌い始めるのです。冬の街の空につきぬけていくように澄みわたった歌声です。私は立ち止まって3曲ほど聞き惚れました。

またあるときには、同じ通りでマサリク駅方向から紺のスーツを着た白杖の若者が歩いてきました。若い女性の介添えが付き添っているようです。やはり通りの中ほどで立ち止まり、美しい声で歌い始めました。優しげな表情と歌のリズムが心地よく心に染み入ります。

3曲ほど歌い終わると、介添えの女性がCDを販売し始めました。しかしその時にはCDは2枚しか売れません。白杖の青年は少しうつむきながらじっとしていましたが、思い直したようにまた歌を歌い始めたのです。青年の肌の色とプラハの春の風が、一枚の絵画のようにマッチしセピア色の思い出になっています。

リュックが運んだロマのような古いカップ

ヨーロッパの街の多くは広場を中心に道が放射線状に広がっています。直角の曲がり方に慣れている我々には、どうも方向感覚がずれ込んでいくのが心もとないのですが……。似たような通りでは曲がるたびにカメラに写して、迷子にならないように帰り道にはカメラを確認しながら戻ってくることにしています。

裏通りに入り込んで古い食器を扱う小さな店に「ドブリデン」と言いながら入ってみましょう。バラ柄のティーカップとソーサーが気に入り手に取ると、店の奥から老婦人が姿を現します。「ハウ オールド イッツ」でにっこり微笑み「ワンハンドレット」……、そして「ハウマッチ」。

10ユーロにおまけしてくれました。カップ&ソーサーは今回の旅の素敵なお土産になりました。購入した割れ物は、その都度そっとリュックに入れるのです。そんな風にして日本に持ち帰ってくるカップコレクションは増え続けるので、私には断捨離はとてもできそうにありません。

リュックが運んだロマのような古いカップ
チェコで購入した100年前のカップ&ソーサー、少しアイボリーがかった色がお気に入り
リュックが運んだロマのような古いカップ
 ハンガリーで見つけたお気に入りのカップ&ソーサー、ブルーがおしゃれ

いろいろな国のマーケットを巡ってきましたが、ハンガリーのクリスマスマーケットは販売するもの、手作りの小物などもクオリティが高いと感じています。ハンガリーのペストでは素晴らしく気に入ったカップ&ソーサーに出会いました。

しかし、ハンガリーで購入したカップの裏を見てみればメイド イン イングランドと書いてあります。このカップ&ソーサーは、どうやってイギリスから国々を渡り歩き、どなたの家で使われて、また旅に出て……ハンガリーにたどり着いたのでしょうか。そんなことを考えると、そっとリュックの中に収めたカップがやけに愛おしく感じるのです。

リュックが運んだロマのような古いカップ

それほど古いものでなくてもカップにはカップなりの旅があったのだろうと考えると、ここで出会えて、私の手元にあることがとても不思議な気分なのです。カップを購入するたびに古いリュックは、共にそんな気分を感じながら日本へと運んでくれたのだろうかと思わずにはいられません。

 

■もっと知りたい■

 

富士山の見える町で暮らす元気な67歳。半日仕事をし、午後はジムで軽く運動。好きなことは絵画を見ることと針仕事。旅先の町で買い求めた布でポーチやバッグを作っています。雨の土曜日は映画を観て、晴れた土曜日には尾根道を3時間ほど歩く。楽しいことが大好きです

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