八十路を歩く(10)

シニアたちのカープ観戦

公開日:2023.08.10

更新日:2023.08.08

侍ジャパンのWBC優勝で、日本中が興奮のるつぼと化し、今なおその歓喜の余韻に浸っている私たち。そこで、わがまちのシニアクラブ(老人クラブ)が、マツダスタジアムでのナイター観戦を企画してくれました。

シニアたちのカープ観戦
鯉城とも呼ばれる広島城のお堀の鯉

広島市はカープの本拠地

初の市民球団である「広島東洋カープ」は、広島市民・広島県民にとって特別な存在です。

昭和25(1950)年、原爆投下で焼け野原になった広島市で誕生したカープは、広島市民・広島県民の夢と希望を象徴する球団でした。

ことに、球団が経営不振の頃、鍋募金・樽募金をした思い出があるシニア世代にとっては、苦楽を共にした戦友感覚があるのかもしれません。

広島市はカープの本拠地
マツダスタジアム

そして今や、そのシニア世代に加え、壮年期の子ども世代、青年期の孫世代、さらにひ孫世代がいます。皆、熱烈なカープファンです。

人が集えば、「昨日のカープ」で話題に事欠かず、カープ談義で盛り上がります。

スタジアムに行こう

WBCの興奮がさめやらぬ頃、カープを応援しようということで、わがまちの「シニア観戦ツアー」が企画されました。

6月末の日程で、スタジアム3塁側に参加者31名の席を確保できました。梅雨どきのため、まとまった席が取れたようです。

スタジアムに行こう
私の応援衣装。みんなで着れば恥ずかしくない

当日は、蒸し蒸しするものの涼風も時折吹いて、なかなかの「応援日和」。参加者のチケット代は自己負担でしたが、シニアクラブから生ビールのワングラスがプレゼントされ、ビールを飲みながら応援しました。

にわか野球ファンのカープ観戦

にわか野球ファンのカープ観戦
カンフーバットを叩いて歓喜するスタンド

夫が他界してから、TVで野球中継を観ることはほとんどなくなりました。

誘われて、初めてマツダスタジアムでカープを観戦したのは4年前。

そして、オリンピックと今年(2023年)のWBCをTV観戦して、にわか野球ファンになった私。そのハンデをカバーすべく、観戦ツアーが決まってからの1か月半、新聞のスポーツ欄でカープの記事を読みあさり、カープ戦のTV中継を観て勉強(?)を重ねました。

にわか勉強ではとうてい「通」にはなれませんが、選手の顔と名前、スター選手のエピソードなどを頭に詰め込みました。

上:四国からの修学旅行でカープ観戦の小学生  下:皆カープファン

そして当日、スコアは「1」と「0」の一進一退。緊張感のあふれる試合でしたが、カープが2-3xで勝ちました。翌日の新聞には「秋山打開 復活の兆し」「八回に決勝犠飛」などの文字が踊っていました。

ミニピクニック気分!

試合終了時の混雑を避けるため、10余人は8回終了後に席を立って帰路に着きました。私は試合終了を見て、皆とおしゃべりしながら広島駅まで歩き、JRとバスで帰宅しました。

ミニピクニック気分!
帰路の足取りも軽く、広島駅に向かう人の流れ

人生100年時代、未曾有のコロナ禍に遭遇したシニア世代にとって、「今日行くところがある」「今日用事がある」(野末陳平さんが「高齢者にはキョウイクとキョウヨウ」が必要と提唱)のは、とてもありがたいことです。

参加者のほとんどが顔見知りで、和気あいあいとお弁当を食べたり、ビールやコーヒーを飲んだりと、ミニピクニック気分を味わうこともできたイベントでした。

■もっと知りたい■

とし古

祖母は60歳の頃、針仕事や寺参りを日課にしていました。母は70歳の頃不自由な体で家族のために働き趣味の書道教室にも通っていました。そして私はいま八十路を歩いています。体力・知力は衰えを感じますが考える事・感じる事は昔と変わらないと思っています。死ぬまでにやっておきたい事に色々チャレンジしたいです。

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