森川すいめい|人間関係がラクになる人の見方とは
2024.09.012024年07月08日
精神科医・森川すいめいさんの生きやすくなるヒント1
精神科医・森川すいめいさんの自殺を防ぐ5つの心得
自身も身近な人を自殺で亡くした経験がある精神科医の森川すいめいさん。心の不調のケアを行う中で「どうすれば人の心はラクになるのか」を研究し続けています。「生きやすくなるためのヒント」を自殺予防の観点から考える全3回です。
森川すいめいさんのプロフィール
もりかわ・すいめい 1973(昭和48)年、東京都生まれ。精神科医。鍼灸師。オープンダイアローグ国際トレーナー。精神科の往診や外来診療を行う。ホームレス状態にある人を支援する認定NPO法人「世界の医療団」理事。「著書に、『漂流老人ホームレス社会』(朝日文庫)、『その島のひとたちは、ひとの話をきかない』(青土社刊)、『感じるオープンダイアローグ』(講談社現代新書)などがある。
問題が解決できても、心の不調が軽減するわけではない
はじめまして。精神科医の森川すいめいです。みなさんの中には、健康やお金のこと、家族のことやご近所付き合いなどさまざまな悩みを抱えている方がいると思います。その原因はどこにあって、どうすれば解決できるのでしょうか。
今回の短期連載では、心の悩みを和らげて、もっと生きやすい毎日を送るためのヒントをお伝えできたらと思っています。
私は医師として、うつ病など心の不調を持った多くの人と接してきました。精神科医療では、主にその人の中にある原因を探り、ケアしていくことで、心の不調を改善しようとします。しかし、個人の中にある問題を解決しても、心の不調が軽減しない現実もよくあることです。
例えば、心の不調の原因と思っていた負債に関する問題が解決できても、自殺で亡くなるといったことです。私は自殺の予防は学んできたつもりでしたが、助けることができなかったことが何度もありました。
どうすればよかったのか、何ができたのか悩んでいたときに、自殺について研究をする岡壇(おか・まゆみ)さんという方の発表に出合い、ふっと心が楽になったように感じました。
生きやすさのヒントが隠された、日本一自殺で亡くなる人が少ない場所とは?
岡さんは、徳島県の海部町(かいふちょう・現海陽町)で研究を行っていました。ここは島を除くと日本一自殺で亡くなる人の少ない地域です。岡さんはこれを「自殺希少地域」と名付けました。これまで心の不調への原因に自殺の予防や解決法を求めてきたのとは逆に、自殺で亡くなる人の少ない地域の生活環境に目を向けたのです。
自殺の少ない地域と多い地域の生活環境を比較すると、少ない方には「自殺予防因子」が存在するという研究でした。
自殺予防因子とは、岡さんによる海部町の研究でわかった、自殺に至る機会を減少させる要因のことと考えるとわかりやすいかもしれません。人と人の関係における自殺予防因子を、町民たちはなにげなく実践し続けていることで、結果的に海部町は自殺で亡くなる人の少ない地域になっているというのです。
つまり、ここにこそ生きやすさのヒントが隠されているのではないかと考えたわけです。
薄くて、ゆるやかにつながる関係性が多いことが、自殺予防に
今回は自殺予防因子を2つほどお話しします。一つ目は、「病、市に出せ」という考え方です。悩みがあったら抱え込まず、すぐみんなに知らせる、そうすれば誰かが助けてくれるだろうということで、海部町では昔から大事にされている言葉だそうです。
そしてもう一つは、「ゆるやかにつながる」。助け合わなければならないなどの重い人間関係ではなく、「『疎』で『多』な関係性がいい」というのです。「疎」とは薄いつながりのことで、多とはその関係性が多くあるということ。
つながりが濃い集まりは人間関係が固定され、グループ内に上下関係ができてしまいがち。それに共通の価値観に支配されて、異なる考え方を持つ人を排除する可能性もあります。
一方、関係性が多いとは、いろいろな集まりと触れ合うイメージです。さまざまな人の価値観に触れることで、悩みを独りで抱えているときよりもより多くの解決策と出合えるようになります。
岡さんの研究に興味を持った私は、海部町などいくつかの自殺希少地域へ行き、フィールドワークを行いました。
一人で問題を抱えず「助ける」「助けられる」に慣れる
初めて訪れた海部町で、私はこんな経験をしました。当時、親知らずを抜いたばかりで、口の中には傷口を縫合した糸がまだ残っていて、そこがひどく痛み始めました。糸を抜きさえすれば治るとわかってはいても、運悪くその日は休日。スマホを片手に、近所の病院や少し離れた別の町にある病院を調べ、電話をかけても休診ばかり。
そこで宿泊していた宿の主人に相談すると、休診中の町の歯科に声をかけようかと提案をされました。私はまだ、助けられることに慣れていなかったので、休診の医師に診てもらうのは遠慮して部屋に戻りました。
少しすると宿の主人に、80キロほど離れた別の町の歯科がやっているのがわかったので連れていこうかと提案されましたが、それこそ主人に申し訳ないと思って断りました。
その後、少し痛みが引き、宿の近くを散歩していると、近所の人が「あんた、歯が痛い人だろ? 大丈夫か?」と話しかけてきました。
最終的にこの痛みは、近所に住む元看護師さんに道具を借りて解決できましたが、あとでわかったのは、宿の主人は周りの人に「こういう客がいて……」と話をしてくれていて、尋ねられた人たちがまた周りの人に聞いて、と次々と助けるための情報が広がっていたのでした。
それに、宿の主人は私の相談に対して解決策の提案を次々としても、それを無理強いするような説得はしてきませんでした。
悩みを打ち明ける隙間がない精神科診療の抱える問題
ところで、精神科の世界では「診断面接」と「治療面接」というものがあります。患者から話を聞き、ひとたび診断すると、その診断名に基づき治療を行うことです。日本の精神医療は薬による治療が中心です。そのため、例えば「うつ病」の場合、診断前は患者と会話してうつ病になった背景などを聞きますが、診断後、治療が始まってからはその人が抱えている悩み事を診察室で話す隙間がなくなります。
日本の精神科の診療時間は5~10分で終わることが多いのは、こうした薬中心の面接のスタイルに課題があるからと言われてきています。実際、長めに話を聞く時間を作ることができないという医療制度上の問題もあります。
その問題にいち早く反応した医師たちがフィンランドにいました。彼らは診断をいったん横に置いて、何が困っているのかを本人に聞くことを始めました。1回60分くらい、問題が解消するまで何度も会話をします。
困り事を起点に会話が広がるので、本人はそこから困り事を解消するための方向性を選択することができるようになっていきます。海部町での私の話と似ていますよね? このフィンランドの取り組みは、別の回に詳しくお話をしようと思います。
生きやすい環境をつくるための5つの心構えと行動
心構え1:近所付き合いはあいさつレベルで始める
行動:隣人に声をかける
「疎」でいながら「多」という関係性を近所につくれば、いざというときに相談しやすくなります。そのために、まずはご近所の人にあいさつをしてみましょう。次に少し世間話を。たくさんの人にあいさつをするのがポイントです。
心構え2:できることはする。できないことは相談する
行動:ネットワーク作りをしよう
困っている人を孤立させないために、相談を受けた人はその問題が解消するまで寄り添うことが大切です。しかし抱え込むことはせずにできることはし、できないことはすぐに他の人に相談して解決策を探ることができる、そんなネットワークづくりを普段から探してみましょう。
心構え3:がんばらない
行動:工夫をする
人生では、次々と困難が起きるもの。そのとき、努力と根性でがんばって越えようとするのは、簡単ではありません。そこで、がんばるのではなく工夫すると考え方を切り替えてみましょう。乗り越えるには高過ぎる壁は、迂回できる道があるかもしれません。
心構え4:今、すぐ解決する
行動:言葉に出す
困っていることがあれば、一人で抱え込まずに言葉に出しましょう。問題が大ごとになる前に解決できる可能性が高くなります。問題の火種が小さいうちに対応すれば、解決のためのエネルギーは小さくて済みます。話せる人を普段から探しておくことも大切です。
心構え5:習うより慣れる
行動:いろいろ試してみる
人助けをすることや助けられることは、慣れることが大切です。慣れてくれば、困っている人を前にしたときに、「助けが必要か」と本人に聞く前に助けに動いてしまえるようになります。相手に何と思われようとも行動したことは経験になるので、助け方も助けられ方も上手になっていきます。
取材・文=井口桂介(ハルメク編集部) ※この記事は、雑誌「ハルメク」2018年3月号を再編集しています。
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