イブラ・ワ・ハイトの活動をする山崎やよいさん

2018年08月21日

針と糸で希望をつむぐ 

シリア人女性を支援する、考古学者・山崎やよいさん

8/22(水)NHKあさイチに出演された山崎やよいさん。シリア人女性の手作り作品を日本で販売し、紛争で生活基盤を失った彼女たちの自活支援を続けています。シリアで考古学者として働き、結婚した彼女もまた故郷を失った一人なのです。

刺しゅうに縫いこまれた『シリア』を届ける

「アッサラーム アレイクム」

東京都品川にあるマンションの一室。山崎やよいさんは、パソコンの画面を見つめ、話しかけます。画面上に映る女性とスカイプ(インターネットを介したテレビ通話)を通じ、流暢なアラビア語で言葉を交わし、時に笑い声を響かせます。

話し相手は、シリア人女性の自活支援をするプロジェクト「イブラ・ワ・ハイト」の現地の調整役、マイヤーダさんです。

「彼女は今、シリアから避難してトルコで暮らしています。この前荷物を送ったら、転居していたらしく返送されて来たんです。それを早く言ってよ~って(笑)」と山崎さん。

シリア人女性たちが制作した、見事な大判刺しゅう。

アラビア語で「針と糸」を意味する「イブラ・ワ・ハイト」。3年前からシリア人女性が作った刺しゅう布を、日本でバッグやボタンなどにして販売しています。中心メンバー10人余で材料と売り上げを送り、支援するシリア人女性は数十人に上ります。

「本人たちの『自分たちでやれることがあるはず』という声が、きっかけでした。針と糸、布切れさえあればどこでもできるでしょう。そして私たちは刺しゅうに縫いこまれた『シリア』を届けるんです」

5年半に及ぶ紛争でシリア国民の2人に1人が家を離れており、「イブラ・ワ・ハイト」のメンバーも、ほとんどが国外に避難するか、国内を転々としています。

「イブラ・ワ・ハイト」の、ヨルダン・アンマンチーム。
寡婦と子どもが共同生活を送る、母子センターが母体となっているグループです(提供・山崎さん)。

 

新たな試みとして、刺しゅうを施したスカートを制作するそう。
日本メンバーの試作品をトルコに送る、準備をする山崎さん。

シリア人の、天性の柔軟性に救われて

山崎さんは小学生の頃見たツタンカーメン展に興奮、その後メソポタミアの古代文明に心惹かれ、大学で考古学を専攻。フィールド調査をしたい一心で、1989年に奨学金を獲得し、3歳の娘を連れてシリアに留学しました。中東屈指のアレッポ博物館の客員研究員として、ユーフラテス川沿いの発掘調査に参加します。

「そこは、後に結婚することになるハミードさんと私しか調査メンバーのいない、小さな現場だったのですが(笑)。娘を連れておいでと言われ、夜明けから始まる現場に抱えて行きました。眠くなった娘が、8000年前の日干しレンガの壁に歩いて行って、ポテっと寝る姿が、私のシリアの原風景ですね」。

山崎さんは「いろいろなところでご飯をご馳走になり、見守られ、娘は育った」と言います。

「シリア人には、天性の柔軟性があるんです。程よい干渉と受け入れてくれる懐の広さが、あまりにも心地よくて、つい20年以上長居してしまいました」と、振り返ります。

2003年、発掘が終了した遺跡で。
家族のように付き合っていたワーカーたちと、夫(中央)、山崎さんと娘(提供・山崎さん)。

 

逃げてはいるけれど、変わりなく生活を送りたい

「イブラ・ワ・ハイト」での山崎さんの主な役割は、現地との連絡のやりとりです。シリア国内でも状況がよければ、インターネットは通じます。

「スカイプ中、遠くに爆撃の音が響くこともありますし、最近は首都のダマスカスにいたはずの5人と、連絡が取れません。国外に避難する人も、金銭的、精神的に厳しい状態ですが、変わりなく生活を送りたいと思っている人たちです。作業中は不安を忘れられますし、得たお金で口紅を買い、家族に気兼ねなくおしゃれができて本当に嬉しいと言うんです」

刺しゅうの、ひと針、ひと針丁寧に縫い込まれた糸から伝わる温かさに、「シリア」という遠い場所での暮らしが、日本人と同じ生活の延長線上にあることを感じさせられます。山崎さんが商品性を重視して選んだ絵柄は、ユーフラテス川沿いの農家に受け継がれてきた刺しゅうをモチーフにしています。

「田舎の家の土壁に無造作に飾られているような刺しゅうで、夫が好きで集めていたんです。色彩感覚が独特で、泥くささがいいでしょう? 私たちの活動には、人の手を介して伝わってきた伝統を守る意味もあります。これが新たなシリアの文化となり、生活の糧にもなって一石何鳥にもなるはずです」

制作した大判刺しゅう。
「生命の木」を彷彿とさせるいろいろな花が咲き乱れるモチーフです。
「私が一番好きな柄。シリアの春は、花でいっぱいなんです」と山崎さん。
上写真の大判モチーフの元となった、​​​​​オリジナルの刺しゅう。
ユーフラテス川沿いの農家に受け継がれてきたものです。
山崎さんが「この泥くささがいいでしょ」と話します。

2003年、夫のハミードさんが考古行政への意見を新聞に述べ逮捕されました。アサド政権下、自由な意見が言えず、能力がある人が不遇な目に遭うこともよくあったといいます。そんなこともあり山崎さんは10年末から、収入源を求めて日本とシリアを行き来するように。最後のシリア滞在となったのは12年2月。ハミードさんが心不全で倒れ、山崎さんが駆けつけた数日後に亡くなりました。6月、追悼式に招かれたものの政府軍の武力弾圧が起きたため渡航を断念しました。


「こんなに長いことシリアに帰れなくなるなんて、思ってもいませんでした。だから、トランク分の荷物以外、何もかも住んでいた家に置いてきました」

以来、東京でひとり暮らしをする山崎さん。物の少ない簡素な部屋が、ここが仮住まいであることを物語ります。「この家では、何故かキッチンにいるのが落ち着きますね」と、ホウレンソウをじっくり炒めたシリア料理を手際よく調理し、振る舞ってくれました。

「料理をしていると、あの鍋はどうなったのだろうと、アレッポの家を、ふと思い出します」

部屋の片隅にある本棚。中には、夫の大切な蔵書も。
シリアの家には、書斎のほか、廊下に3つの本棚があるそう。
シリアの家庭料理。
ホウレンソウと鶏のひき肉、たっぷりの香辛料を混ぜて、ホウレンソウが黒くなるまで炒めます。
レモンをかけて。「仕上げにヨーグルトが欲しかったな」と悔しそうな山崎さん。

ドラマを見る側ではなく、裏方でありたい

シリアの紛争で、山崎さんの仕事の内容も一変。通訳や翻訳、コーディネーターとしてヨルダンをはじめとした周辺国に出張し、考古学者としてはエジプトの博物館の人材育成を担っています。

「他流試合ではありますが、常にシリアに関わっていたくて受けています。私はシリアの一員でありたいのですが、それでも『去る者は日々に疎し』なんですよね。日本で能天気に過ごしている状況に、罪悪感はあります。シリアから外に出た人は、みんな感じているんじゃないかな」

山崎さんの気心知れた友人たちも今ではほとんど国を離れており、山崎さんは「国内にいる人たちの気持ちをどこまでわかっているのか」と感じています。しかし活動を通じて国内に残る人たちとの新たな出会いもあり、その「ひょうひょうとした感じ」に圧倒されるといいます。

「あまりにもむごい現実を知ると、外にいる人間は、大変、哀しいといった気持ちを表現せねばと思いがちですが、彼らには心配すら空虚で、言葉にされても陳腐なのでしょう。僕たちの国なんだ、何が降ってこようが構わない! そんな気概を感じます。彼らには守るべき"祖国"がある。だからこそ応援したいですし『いいね、すごいね!』とも言いたいです」

山崎さんは、「ドラマを見る側ではなく、関わり続けることで裏方でありたい。シリアには入れないけれど」と続けます。

そして、「インシャアッラー(神様のおぼしめしのままに)」と呟きました。アラブ人が未来のことを前向きに捉え、できればいい、こうなったらいいな、という希望を込めて使う言葉です。

「『人事を尽くして天命を待つ』と日本でも言うように、シリアがまともになる日まで、私にできることをするまでです。決して遠い世界の、遠い国の話ではないと思っていただけたらいいですね」

 

~2018年8月現在のシリアの状況を、山崎さんに伺いました~
「『復興』などの言葉もちらほら耳にするシリア情勢ではありますが、一部地域ではいまだに激しい空爆が行われ、シリア人のシリアへの帰還が非常に難しい状況です。誰のための復興なのか、非常に疑問を抱きますが、いずれにしてもこのような状況であるがゆえに『イブラ・ワ・ハイト』のメンバーみなが、もっと活動をしていこうと考えております」


山崎やよいさん
1958(昭和33)年、京都府生まれ。考古学者。89年に渡航、アレッポを基盤に発掘調査、大学講師として働く。その他、JICA(国際協力機構)の専門家として博物館教育活動にも関与。現在、テレビ取材のコーディネートや通訳として活躍。ブログ「山崎やよいのブログ」で、シリアの今を発信中。

「イブラ・ワ・ハイト」の商品は東京、愛知、大阪、岡山の店の他、通信販売、イベント、でも購入できます。活動の詳細、お問い合わせ、イベントについては「イブラ・ワ・ハイト」のホームページ、またはFacebookページをご覧ください。

 

取材・文=竹上久恵 撮影=キッチンミノル
※この記事は、2016年12月号「ハルメク」に掲載した『知恵ある人を訪ねて』を再編集、掲載しています。

 

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