「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302023年07月25日
通信制 青木奈緖さんのエッセー講座第6期第3回
エッセー作品「息子と『炭坑節』」上道弘美さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。上道弘美さんの作品「息子と『炭坑節』」と青木さんの講評です。
息子と『炭坑節』
ある新聞の2月19日付のコラムの中に、『炭坑節』のことが記されていた。
私は何とも言えぬ気持ちで、この記事を見つめた。
わが家からほど近い山中に、父方の祖父や大叔父たちの眠る墓がある。
お盆やお彼岸といわず気になることがあると、私はこのお墓に足を運ぶ。
突然高熱が出た時などは、決まってお墓のことが気になり、熱が下がると同時に墓参している。
案の定、墓地は周囲の竹やぶから舞い散った笹の葉で、敷石も見えぬほどクシャクシャだ。
山中のお墓にひとりで出かけるのは心細いので、とりわけ陽気な二男をお伴につける。
私が墓地の掃除をする間、6歳の二男はお菓子をお供えしたり、墓石に水をかけてあげている。
すると、何を思ったのか、突然大声で、
「月がぁ出た出ーたぁ、月がぁ出たぁー」
と歌いだした。歌の好きな子ではある。
しかし、どうして『炭坑節』なのか。私は妙な気がした。
この子にこの歌を教えた覚えはない。
私ですら、今はあまり歌う機会のない『炭坑節』をどこでどうして覚えたのか。
どうしてお墓の前で歌うのか。
こんなの初めてである。
目の前のお墓には、子どもを持てなかった大叔父夫婦が眠っている。
私は大叔父に、その昔かわいがってもらった記憶がある。
子どもに恵まれなかった大叔父は、きっと私の息子に歌って欲しかったのだろう。
好きだったこの歌を……。
大叔父の生前の姿を懐かしみながら、くり返し歌う息子の頭を「いい子、いい子」した。
不思議なことに、今も息子はお墓に参ると『炭坑節』を歌い、他の場所では全く歌おうとしない。
これは、今から27年前に新聞へ投稿しようとして私が書いたものらしい。
机の引き出しの奥で眠っていた。当時の原稿を目にして、忘れ去っていたシーンがリアルに甦った。
これを機に、すっかり御無沙汰しているご先祖のお墓にお参りしよう。
今度は私がお墓の前で歌います。
大叔父さんが好きだった『炭坑節』を。
私は二男より音痴です。
下手でも笑わないでくださいね。
青木奈緖さんからひとこと
これまで私は、エッセーの終わりを「お父さん、ごめんなさい」「お母さん、有り難う」等の呼びかけで終わらせることは「お勧めできません」と申し上げてきました。感謝やお詫びの背景にある気持ちをきちんと書いてほしかったからです。
この作品では最終部分の文体を常体から敬体に変え、左端の1マスを下げ、形式的にも内容的にも最後の4行を独立させて、詩のような雰囲気の呼びかけになっています。
また、終盤の2箇所で使われている1行アキが効果的に使われており、まるで映画の回想シーンを観ているような感覚を覚えます。
とても素敵な締めくくりになっています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。講座の受講期間は半年間。
ハルメク365では、青木先生が選んだ作品と解説動画をどなたでもご覧になってお楽しみいただけます(毎月25日更新予定)。
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