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- 「祖母の寡黙とこらえじょう」吉川洋子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。吉川洋子さんの作品「祖母の寡黙とこらえじょう」と青木さんの講評です。
祖母の寡黙とこらえじょう
私には明治28年生まれのおばあちゃんがいた。
面立ちもよく慎ましやかで上品、寡黙な人だった。
琴の宮城道雄の従兄妹に当たる人でもあった。
私の初めての出産の1ヶ月前に80歳で他界した。
亡くなる1ヶ月前には夫と私とで祖母を広島の平和公園へ連れていった。
祖母にとって平和公園は特別な場所である。
原爆で2人の娘を一瞬にして失くした。
評判の美人の1人は爆心地近くの銀行に勤め、もう1人は女学生でその日学徒動員で駆り出されて、亡くなった。
2人の遺骨はいつまで待ってもその先戻ることはなかった。
この年は、お盆を過ぎてから祖母を慰霊碑にお参りに連れて行ったのだ。
まだ陽射しも強く疲れた祖母を当時26歳の夫はおんぶをして歩いた。
だがそれだけではなく祖母の命の期限も近づいていたのだ。
それから間もなくして動けなくなり、入院して1ヶ月足らずで亡くなった。
臨月の私は出産予定日が近づいていたが、大好きなおばあちゃんとの別れの日が近づいていることの方を大切に思い、毎日見舞いに通った。
病院で息を引き取った後、私は涙目のまま外の風に吹かれながら周りの状況が何一つ変わっていないことに驚いた。
1人の命が今終わったというのに変わらない街の風景。
私の一大事も日常の一コマなのだと心に刻もうとしたのを覚えている。
その祖母が私にボソッと言った言葉がずっと頭の端に残っている。
自分ほどこらえじょう(堪え性)のいいものはいないという。
こらえじょうとは広島弁で耐え忍ぶ心のことだ。
自分ほど耐えているものはいない、ということだが、子どもだった私は相槌を打ちつつも祖母のこらえじょうは、2人の娘を原爆で失くした体験だと思っていた。
だが、この年になってそのこらえじょうについてはっと気づいたことがある。
戦地に赴いている2人の息子を案じている最中に、原爆で一時に2人の娘を亡くしたのだ。
だが、その残酷で悲惨な体験を祖母が話したことは一度もなかったし、私も聞くのも憚られ尋ねることをしなかった。
その後2人の息子は帰っては来たものの家を継いだ長男(父)は生涯病身でお嫁さんに息子の仕事の肩代わりやケアー、さらには自分の世話までさせなければならなかった。
受け身でい続けなければならないのは与える側にいるよりもはるかに辛いものだ。
真の謙遜さも必要になる。
嫁に頼る不甲斐なさ申し訳なさなどあらゆる思いや感情が溢れるほどにあったに違いないのだ。
祖母にとって自分を平静に穏やかに保つには寡黙にならざるを得なかったのではないか。
崩れ落ちてしまわぬように自分の言葉を抑え込んでいた堪え性(こらえじょう)。
当時の私の目に映っていたものは、日中は息子と2人で静かに暮らし、私の母であるお嫁さんとは互いを労り合う仲の良い景色ばかりだったのだが。
青木奈緖さんからひとこと
家族が旅立つと、その瞬間に世の中の一切から切り離されて、喪一色に包まれる感じがするものですが、そのあたりの隔絶感がとてもうまく描けています。
子どものころにあった出来事を、大人になってから「あのときは気づかなかったけれど、こういうことだったのか」と思い返すこともあります。
このような点でとても共感度の高い作品でした。お祖母様への想いがあふれていますね。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。講座の受講期間は半年間。
ハルメク365では、青木先生が選んだ作品と解説動画をどなたでもご覧になってお楽しみいただけます(毎月25日更新予定)。
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