随筆家・山本ふみこさんのエッセーの書き方講座#2
2020.04.302024年03月25日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第7期第6回
エッセー作品「うさぎノート」久保田道子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第7期最終回のテーマは「聞いて聞いて」。久保田道子さんの作品「うさぎノート」と山本さんの講評です。
うさぎノート
「抗ガン剤はやらないよ。残りの日が限られているなら、ぼくは、ふつうの生活をできるだけ続けたい。いいよね。」
完治不能のガンの再発を告げられた時、夫はわたしに向かってそう言った。術後の抗ガン剤治療に苦しんだ姿を見てきたから、わたしも、その気もちをだいじにしたいと思った。
結婚して50年目、4年前の夏だった。
こんなふうに受け止められるのかしら、と思うほど、その日からも、夫はかわらず、明るく、ユーモアを忘れず、草花の世話をしたり、ミニドライブに行ったり、読書をしたり自分のしたいことを続けていた。
「ぼくはね、余命を楽しむの!」
と、よく言っていた。
残りの日々が、そう長くないということを忘れそうになるほど、穏やかに日が過ぎていった。一日一日をいとおしんで過ごした。
いろいろなことを話した。一日中しゃべっていても、つきることはなかった。
日々のくらしや、会話を残しておきたくて一日の終わりに、ノートに書きとめることが日課になった。夫のニックネームをつけて、「うさぎノート」。表紙には、うさぎのイラストも描いた。
うさぎノートにもっとも多くつづったのは、夜の散歩の会話。星座盤が頭の中にセットされているかのように、夫は宙(そら)のことにくわしかった。
毎晩、宙先案内人に、導かれて、天文教室が開かれた。わたしは、生徒になって聞く。夫の指先に、星座がうかびあがってくる。
「ほら、大犬座。むこうは白鳥座のデネブ。どっちを向いて飛んでいるのか、わかる?」
「あのシリウスは、冬の星の中で一番明るくて、マイナス1.4等星なんだよ。」
「きょうの月は十七夜。立待月。じゃ、明日の月は何だと思う?」
クイズを交えて説明する顔は、いつも楽しそうだった。
「あそこに見えるカシオペヤのWは、ゆがんでいるね。ぼくが空に行ったら、正しいWにちゃんと直しておくからね。」
「……。」
「星も輝いているけど、ぼくにはあなたとの一日一日が輝いてみえるんだよ。できるだけ長く続けたいね。」
夜の散歩は、春になって終った。1人になっても、会話は続いている。声が聞きたくなると、うさぎノートをひろげる。ベランダから星を見上げる。
カシオペヤのWは、まだ、ゆがんだまま。空に行っても、夫はいそがしいようだ。
山本ふみこさんからひとこと
この世から旅立たれた大切なひとの物語。
「うさぎノート」というタイトルも素敵です。
やさしくて、尊敬できる夫でした、なんてことは、どこにも書いてないけれど、書いてなくても、そうとわかります。この世で仲よく並んで歩いていたひとと離れ離れになって、さみしいだろうなあ、つまらないだろうなあと思いはしましたが、その絆はつながっていることが確かめられます。
会話は続いている。
会話を続ける気持ちで、これからもエッセーをつづっていただきたいと思います。たくさん書いてくださいまし。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次期通信制8期の作品は5月から順次ハルメク365で公開予定です。(募集は終了しております。ご了承ください。)
8期も引き続きどうぞお楽しみに!
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