斎藤美奈子著『挑発する少女小説』をレビュー

大人社会を出し抜く「少女小説」は、大人にこそ痛快

公開日:2021.07.27

更新日:2023.03.06

コラムニストの矢部万紀子さんのカルチャー連載。今回は文芸評論家・斎藤美奈子さんの『挑発する少女小説』(河出新書刊)をご紹介します。子どもの頃に手に取った少女小説は、大人になった今だからこそ痛快な気分で楽しめるんです。

「子ども向けの本を今さら?」と思わずに手に取ってほしい

挑発する少女小説』(河出新書刊

『小公女』『若草物語』『ハイジ』『赤毛のアン』『あしながおじさん』『秘密の花園』『大草原の小さな家』『ふたりのロッテ』『長くつ下のピッピ』。このうちの1冊でいいです。「あ、読んだこと、ある」という方は、『挑発する少女小説』(河出新書刊)をぜひ読んでください。この9冊を、文芸評論家の斎藤美奈子さんが読み解いているのです。

え、子ども向けの本を今さら? そう思った方もいるかもしれません。「挑発する」とは穏やかでないし、一体どんな本かしら、と思った方もいるでしょう。そこで、「はじめに」を少し紹介します。

少女小説は大人社会を出し抜いていた 

斎藤さんはまず、少女小説の成り立ちを「よき家庭婦人を育てるための良妻賢母の製造装置」と位置づけます。その上で、少女小説には以下の4つのお約束ごとがあるとします。

(1)主人公はみな「おてんば」な少女である、(2)主人公の多くは「みなしご」である、(3)友情が恋愛を凌駕する世界である、(4)少女期からの「卒業」が仕込まれているーー。

(1)の補足説明として、斎藤さんはこう書きます。<そこに見え隠れするのは作者と読者の共犯関係です。表向きは穏健な家庭小説のふりをしながら、作者は読者に「型にハマるな」「あきらめるな」という信号をひそかに送っていたのではないか。じつは少女小説の側が大人社会を「だしぬいていた」かもしれないのです>
 

古くさい『シンデレラ』と近代のお姫さま物語『小公女』

『シンデレラ』と『小公女』を鋭くポップに比べると……

斎藤さんは、明解で痛快な文章を書く人です。最初に取り上げられる『小公女』を通して、斎藤ワールドを見ていきます。まず『小公女』を「近代のお姫さま物語」と捉え、『シンデレラ』と対比します。『シンデレラ』は下女だった少女が急上昇して幸福をつかむ物語、『小公女』はお嬢さまだった少女が下女に急降下する物語。だけど一番の違いは「魔法使いが出てくるか否か」だと分析します。

主人公のセーラは7歳で生まれ故郷のインドを離れ、本国・イギリスの寄宿学校に入ります。母はすでに亡くなっていますが、大金持ちの父がいて学校でも特別待遇を受けます。ですが、11歳の誕生日に父の訃報がもたらされ、下女になってしまうのです。で、ここからまた、斎藤さんの文章を紹介します。

<11歳にして人生のどん底に落ちたセーラはここから再び幸福への道を上りはじめます。『小公女』はV字回復型の物語なのです>

斎藤さんは、短くてクスリとさせる表現を使うのがとてもうまいです。こんな表現もありました。<『小公女』の序盤では、セーラの高飛車オーラが炸裂しています>。「V字回復」に「高飛車オーラ」。鋭くポップなのが斎藤ワールドなんです。

『シンデレラ』のことを書く筆致も紹介しますね。<シンデレラがかぼちゃの馬車で舞踏会に行けたのは、超自然的な魔法使いの力ゆえでした。またシンデレラが幸福をつかんだのは、彼女の美貌に王子が一目惚れしたからです。『シンデレラ』といい『白雪姫』といい『眠り姫』といい、おとぎ話の王子ってものは、親の威光で食ってるくせに女を容姿で判断するような男ばかりです>。

もう少し「おとぎ話論」は続きます。「えー、もっと読みたい」と思った方は、もう斎藤ワールドの住人です。

そしてセーラのV字回復は、「美貌でもガラスの靴に合う足でもなく、逆境に負けない強い意志と毅然とした態度だった」と斎藤さんは指摘します。<自らを救うのは、志の高さと教養である、というメッセージを『小公女』は放ちます。王子に見そめられて結婚するという古くさいお姫さまの物語を、『小公女』は近代の物語につくりかえたのです>

これが『小公女』のまとめ、ではありません。斎藤さんは当時の英国における「階級」に話を進めます。そして、セーラが成長してどうなったかに思いを馳せるにあたり、女性参政権実現までの歴史に言及します。

歴史の中に少女小説を位置付け、当時の事情を踏まえて上で今日的意義を探っていく。『挑発する少女小説』は、そういう本です。
 

『若草物語』は家庭小説の理念を裏切っている!

『小公女』の次に取り上げられるのは、『若草物語』です。私は小学校3年生で子ども向けの本を読んで以来、『若草物語』が大好きです。「男の子に生まれたらよかったのに」と思っている次女のジョーのファンになり、ほどなく文庫で「大人向け」を読み、映画も見て、ミュージカルも見て……すっかり「若草物語フリーク」です。

斎藤さんは『若草物語』を、こう書いています。<家庭小説の嚆矢(こうし)でありながら、『若草物語』は家庭小説の理念を裏切る小説なのです>。まるで自分がほめられたようで、とてもうれしくなりました。

少女小説は、読者である少女たちを励まします。そして、そのことを分析していく斎藤さんの筆に、大人になった私は励まされました。『小公女』『若草物語』に限った話ではありません。9冊、すべてにです。

斎藤さんの挑発に乗るのに、年齢は関係ありません。ぜひ、読んでみてください。
 

矢部万紀子(やべ・まきこ)
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』(ともに幻冬舎新書)


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矢部 万紀子

1961年生まれ。83年朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』(幻冬舎新書)

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