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- エッセー作品「生命は」吉川洋子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。吉川洋子さんの作品「生命は」と青木さんの講評です。
生命は
「生命は」という吉野弘の代表的な詩がある。
自分の生命の欠如を他者が満たしてくれ、世界はその総和だという自分と他者との関係の曖昧でゆるやかな繋がりをテーマにしたものだ。
この詩のフレーズに「ときに疎ましく思うことさえ許されている間柄」という表現がある。
この疎ましい関係の多くは、家族から始まることが多いだろう。
大概の場合は、不問に付しながらやり過ごすか、しぶしぶ許し合い流してしまう間柄が家族なのかもしれない。
だが、家族だからこそ疎ましさも許し難さもマックスになることもある。
私の幾人かの友人たちは幼少期にまで遡る思いを生涯腹の底に燻らせながら生きている。
消せない怒りはどうかした拍子にむらむらと立ち上がってくるらしいのだ。
どうも自分の家族のだれそれと、あるいは 意にそぐわぬ出来事との和解ができていないことが、その後の人生にまで影を落とし、怒りの温床になってしまっているようだ。
受け容れにくい人や出来事は、この源との折り合いをつけていないことにも遠因があるのではないか。
かく言う私も自分の生まれ育った家族を長く受け容れられなかった。
自分の心の奥に分け入ってみると、唯一父の存在が疎ましいと言う事に尽きるのだが。
パーキンソン病で働かない(働けない)傍若無人の父に対し憐れみよりも嫌悪の思いが強く、その思いが私の心に巣くって蝕んでいた。
父の話題は意識的に避けてもいた。
だが、それは私の勝手で歪んだ狭い思いだったと気づいたのは私が30歳を過ぎ、父を亡くしたときだった。
父は58歳で逝った。
穏やかで美しい死に顔はその後の私を変え、方向付けるほどの衝撃を与えた。
父の最期の顔は、私に「何も見ていなかった、わかっていなかったのではないか」という問いを突きつけたのだ。
その顔は妻である私の母への感謝に満ち、最期の置土産でもあったろう。
だが、何より自分の人生全てを肯定した顔にも思えたのだ。
私が否定した父の人生を父は肯定している。
父にとっても不本意の人生にも拘わらず何かを成し遂げた顔なのだ。
私は間違っていた、という思いは長く私を苦しめた。
母はその父を自分の連れ合いとし、愚痴の一つもこぼさなかった。
むしろ「お父ちゃんと結婚したのが私で良かった」と、自分の力量に適っている風なことを口にしていた。
そのささやかな目に立たない穏やかな暮らしの中で守られたのは果たして父一人だけだったのだろうか。
実は私たち家族皆も守られたのだ。
殊に私は、母が逝って10年近く経った今、自分の体内に譲り受けたものを感じるのだ。
それは自分の身に起こり、引き受けたことに対してどうあれノーを言わない。
これは宿痾の生涯を受け入れた父も然りで、父と母は私の生命の欠如を満たすためにいてくれたのではなかったか。
そして、ありていに言えば真の私の生命の恩人ということ。
青木奈緖さんからひとこと
吉野弘さんの「生命は」という詩の一節にインスピレーションを得て、著者自身と両親について回想しています。
読者の中にはこの詩を知らない人もいますが、そこを気にせず、詩の説明はミニマムに留めて、独自の世界をつくりだしています。この作品の読後に吉野さんの詩への興味も引き出すことができたら大成功ですね。論理的で骨のある文章、読み応えがあります。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。講座の受講期間は半年間。
2023年3月からは、第6期がスタートしました(受講募集期間は終了しています)。5月からは、青木先生が選んだ作品と解説動画をハルメク365でお楽しみいただけます(毎月25日更新予定)。
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