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- エッセー作品「巣ごもり家族」北谷利花さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。北谷利花さんの作品「巣ごもり家族」と青木さんの講評です。
巣ごもり家族
看護士が足早にこちらに一直線に向かってきた。
私の耳元でささやいた。
「ご主人様は陽性でしたので、今すぐここから外に出て下さい」
「えっ⁉」と小さく叫んだ。
隣りに座っていた主人をうながして、バタバタと外に出た。
いやぁ、ありえない。主人はこの病院に2ヶ月前から予約を取っていた。
今日から入院、明日は手術を受ける予定だった。
入院直前のコロナの抗原検査で、まさかの陽性だなんて。
次の入院はどうなるのか。手術する時期が延びて手遅れになったりしないのか。
気が気ではなかったが、この件に関しては、1ヶ月後に入院できることになり、とりあえず安心した。
さて、病院を後にして主人を家に連れ帰った。
家族である息子、娘、私は濃厚接触者となり、それぞれの職場に電話をかけた。
うちの家は平家で狭いので、息子と娘は敷地内の母屋の2階に住んでいた。
1階に住んでいる高齢の母にうつしてはいけないということで、2人はふとんや身の回りのものを抱えて、うちの家に移ってきた。
そして、順番に陽性になった。
病状は皆、咳き込んだり鼻水が出る程度で軽症だった。
でも、密な生活のせいなのか、コロナで判断力が鈍り忍耐力が無くなるせいなのか、イライラしていた。
皆、条件は同じ。
仕事を休んで巣ごもりをしている。
それなのに、私1人が食事を作り、洗濯をする。
鍋を作った時だった。
「いっぺんに具材を入れ過ぎだ。こんなん鍋じゃない」
主人は食べている間、ずっと怒っていた。
わかりました、もう二度とあなたのいる日は鍋を作りません、と固く心に誓い 、メモ用紙に書いて台所のテーブルに挟んだ。
だが、そんなけんかも、コロナが過ぎて元気を取り戻すと、どうやら記憶力までも減退するのか、よく覚えていない。
何だか怒られて嫌だったというぼんやりした記憶を、未だに残しているメモ用紙の文字がふつふつと思い出させてくれる。
一方、家の中で飼っている2匹の猫は、いつもならば日中はいない人間たちがずんやり(ずっと、引き続いての意。香川の方言)1週間もいるものだから、とても嬉しそうだった。
いつも以上に鳴いてすり寄ってきたり、寝ているこちらの体の上に跳び乗ってはしゃいでいた。
私のふとんの中にももぐり込み、ゴロゴロと喉を鳴らして目を細めている猫に、ホッと癒された。
そして、私のベッドの横の床には、子どもの頃より大きくなった娘が静かに寝ている。
黙っていればかわいい。
隣りの部屋からは、ゴオゴオと大音量の主人のイビキと、息子のもう少し小さ目のイビキの掛け合いが聞こえてくる。
これは、ある意味、幸せな時間。
いつか子どもたちが結婚していなくなったら、きっとなつかしく感じるのだろうな、
と思いながら、私の腕枕で眠る猫をそっと抱きしめ、私も眠りについた。
青木奈緖さんからひとこと
思わず惹き込まれる書き出しです。いつどこのご家庭に起きても不思議はない内容で、多くの人が共感を持って読むでしょう。みんなそれぞれにこの3年間を乗り越えてきたことを実感します。
作品の最後には、病気でみんな体調が悪いながらも、そこに小さな休息の幸せがありますね。「眠れる森の美女」で全員が寝静まったお城を想起します。もちろん、すべては病気がそこそこの程度におさまっていてくれればの話ですけれど。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。講座の受講期間は半年間。
2023年3月からは、第6期がスタートしました(受講募集期間は終了しています)。5月からは、青木先生が選んだ作品と解説動画をハルメク365でお楽しみいただけます(毎月25日更新予定)。
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