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- エッセー作品「なおらないクセ」栞子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「会話で書くエッセー」です。栞子さんの作品「なおらないクセ」と山本さんの講評です。
なおらないクセ
「いらっしゃい!」
おいしそうにひびくように、いつでも元気に大きな声で。
両親は自宅の1階でちいさな食堂を営んでいた。
おきゃくさんが来ると、何をしていても明るく迎えるように。
それはときどき近くで手伝いをしていた幼かったわたしも同じ。
主に接客担当だった母は、扉の音ですぐに店の顔に切り替わる。
それまでどんなにけんかをしていても、どんなに大事な話をしていても。
「いらっしゃい!」
のひとことで母は店の人になり、わたしはじゃまにならないように奥の部屋へひっこむ。
おきゃくさんが来ないと、お店は大変だと分かっていても、母との時間が突然たち切られてしまう扉の音がうらめしかった。
「いらっしゃいませ。」
おきゃくさまが来られたら、すぐに立ち上がって笑顔でお迎え。
就職先で、最初に配属されたのは窓口業務。
実家での経験があったとはいえ、言葉遣いの勝手がちがってなかなか慣れない。
低く音楽の流れる静かな店内、元気すぎる大きな声で、
「いらっしゃい!」
と言ってしまって皆を驚かせ、上司からよく注意された。
落ち着いた声で、はきはきと
「いらっしゃいませ。」
と言えるようになるまでは緊張の毎日がつづいた。
ぼーっと考え事をしていたりすると、つい大声であいさつをしてしまうから。
実家では食堂、仕事では窓口という環境の中、ほかにも変なクセがついてしまう。
おきゃくとして、お店に入ったときは要注意。
入口が見える席などは特にあぶない。
扉が開くとチャイムがなったりするお店はもっとあぶない。
従業員でもないのに席から叫んでしまう。
「いらっしゃいませ!」
いっしょにいる友だちまで、何度赤面させてしまったことか。
食べたあとのお皿は、ついまとめてテーブルのはしへ。
食べたあときれいに片づけられたテーブルの前では、そわそわして長居ができない。
せっかくの外食でも、なかなかゆっくり過ごせないのは、こんなクセのせいもある。
いつもしぜんとお店の人のきもちになってしまう。
そろそろゆっくり落ち着いて、そとのごはんもおいしく楽しみたい。
クセをなおすのは難しそうだから、新しいクセをつけてしまおう。
まずはきょろきょろしないで、目のまえの料理に集中すること。
お店を出るとき、最後にきちんと伝えられるように。
「ごちそうさまでした!」
山本ふみこさんからひとこと
この作品に接して、栞子さんという書き手の謎が解けはじめたような気がします。どこまでもやさしいけれど、この、たおやかなつよさはどこで生まれたのだろう……という謎。ずっと、それを胸のなかで揺すりつづけていたのです。
おきゃくさんが来ないと、お店は大変だと分かっていても、母との時間が突然たち切られてしまう扉の音がうらめしかった。
そう書きながら、お店の作法や気構えを身につけていったひとが、すっくと立っています。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第5期の講座を開講しています(第6期までの募集は終了しました)。次回第7期の参加者の募集は、2023年6月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年7月号の誌上とハルメク365イベント予約サイト(6月更新予定)のページをご覧ください。
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