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- エッセー作品「もうひとつの家族」吉川洋子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。吉川洋子さんの作品「もうひとつの家族」と青木さんの講評です。
もうひとつの家族
晩秋の夕刻の7時半は暗かった。見慣れない40代位の男性が薄暗い教会の前方の長椅子に座っていた。
ミサの準備係の私は、「初めて来られましたか?」と隣に座って尋ねた。
「はい、今日刑務所を出て来ました。刑務所に居る時に聖書を読んでいて、ある時夢を見て、出所したら家の近くの教会へ行きなさいと言われて探して来たんです。」と言ってシャツを捲り、浅黒い腕に彫られた入れ墨を見せてきた。
私は、全くたじろがなかった。むしろ私にこんな人と関わるチャンスが来たかと、ドキドキしていた。
彼が刑務所で聖書を読んでいたという頃、私は友人のシスターに勧められ、やくざからプロテスタントの牧師に転身したミッション・バラバの本やDVDに没入していたのだ。悪事を生業としている人が愛を説く人になるという、人間の可能性に驚き、心打たれていたのだった。
私のような臆病で平穏な日々を願う生ぬるい人間にとって、彼はそもそも縁のない人。スクリーンで垣間見るただただ怖いだけの人のはずだ。
だがその時の私は、その男性にウエルカムの心の準備が整っていたのだ。
その日を境に彼は、事の次第を受け入れてくれた夫もいる我が家に入れ墨を隠しながら来るようになった。
親も弟もやくざという血筋で若い時はタイボクシングをしてチャンピオンになったことも明かした。本人は離婚して引き取った娘と暮らしていた。
彼の母親は子どもの頃は教会へ通っていたという。
彼も私たち夫婦の勧めで教会へ通い、スペイン人の神父さまの公教要理を聞くことになった。
時を経て、私たち夫婦を代父母として洗礼を受けた。こうして私たちは彼のおとうさん、おかあさんになった。
だが抜けきれない覚醒剤だとかの衝動に抗えず、再び刑務所暮らしも何年間かあった。
やれやれという思いも度々したが、その間も月に何度も丁寧な文字で独房生活の日常を書いた手紙などが届いた。
再出所後も仕事にはなかなかありつけない。夫にはお金の無心も続けたが、必要な時には食料を送ることにしてお金の都合をつけるのはやめた。
あれこれのトラブルは先ず夫であるおとうさんに相談し、道を探りながら15年近くの歳月が流れた。
彼の終末の時が思いもかけず近づいていた。肺がんだった。
彼の最期のひと月は週に2回片道3時間かけて見舞った。彼は私を待っており、顔を見ると「おかあさん。」と安心した表情で迎えてくれた。
「何か不安ある? 困っていることは?」と聞くと、「何もない。幸せです。」と返す。
終わりに向かう彼は自分の心にひっかかっている今まで誰にも話したことのない罪も告白した。だがその時間は格別な静謐さの中で浄化されていたように思う。神父さまも彼の終末期に寄り添い、祈りを捧げてくださった。
彼が天に召されたのは、枕元で夫と私と共通の友人とで歌った唱歌や聖歌に時折声を合わせた数時間後だった。
毎年母の日には彼は忘れずに花を贈ってくれていた。鉢から地植えにした薄紫のクレマチスは4年経った今年も咲いた。
引き出しに収めている手紙の束も、彼が私たち夫婦の間に確かにいたことを忘れさせない。
青木奈緖さんからひとこと
とても印象的なエピソードで、家族とは何かを考えさせられる内容です。
ここで描かれた男性は著者のご夫婦に受け入れてもらえたことで、どれだけ心の安らぎを得られたことでしょう。作品としては、このようにストーリーが明確な話は書きやすく、その気になれば倍の長さにも書けるはずです。そこをあえてぎゅっと短く、濃厚な作品に仕上げています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在は第5期の講座を開講中(募集は終了しました)。
次回第6期の参加者の募集は、2023年1月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年2月号の誌上とハルメク365WEBサイトをご覧ください。
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