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- エッセー作品「穏やかな朝」加藤菜穂子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。加藤菜穂子さんの作品「穏やかな朝」と青木さんの講評です。
穏やかな朝
朝起きるとカーテンを開けて陽ざしを浴びる。愛犬のロンと一緒に階段を降りていき、「お父さん、おはよう。」と言うと、夫はにこにこ笑っている。子供たちが結婚して孫ができても、まだ夫を「お父さん」と呼んでいる。
今日も穏やかな1日が始まる。
朝食の準備の前に洗濯物を干すのは、結婚してからずっと変わらない工程だが、格段に変わったのはその量である。大きな篭に山盛りあった洗濯物は、小さな篭でも収まるようになった。
朝食も、時間に追われながら夫と3人の子供たちに食べさせていたが、今は食べたいものを少しだけ簡単に用意して「はい、お父さん。」と、夫の前にご飯を並べる。
量を減らしたことがもう一つ、私の仕事だ。
嫁ぎ先の家業に就き、人一倍働いてきた私は60歳になったら引退するつもりだったが、還暦を3年過ぎてもまだ仕事している。
夫と会社の重鎮が2人揃って癌を患い、私は退社する機会を失ったのである。
それでも昨年から、経理の仕事を事務員さんに手伝ってもらい、夫の介護が必要になってくると半日勤務に減らした。
出勤前の身支度をしていると、ガチャンと茶碗の転がる音がするので慌てて見にいくと、またやられた。油断していたら、夫のご飯をロンがガツガツ食べている。
「お父さん、可愛いロンにまた食べさせちゃったの?」と笑う私に、夫も笑っている。
若かりし頃の夫は多忙で余裕がなく、いつも眉間にしわを寄せていた。同じように忙しい私も、余裕はなかったが笑っていたかった。
3年半前、夫が手術できない癌だと宣告されてから、私たちはお互いの気持ちを整えて向き合うことができるようになった。与えられた時間の中で、初老を迎えた夫婦はかけがえのない穏やかな日々を過ごした。
しかし、この半年間の病状はつらく、それに耐える夫の我慢は計り知れない。
それでも夫は、取り乱すことなく最期の日まで淡々と生き抜いた。
祭壇の上で夫の遺影は、今朝も穏やかに微笑んでいる。
「お父さん、四十九日の法要が済んだら祭壇を片づけますよ。仏壇の位置は高いから、もうロンにご飯を取られないね。」と私が話しかけると、相変わらず夫はにこにこ笑っている。
青木奈緖さんからひとこと
書くことは心の整理につながります。この講座の過去の参加者さんの中にも、また今期も複数の方が、伴侶を亡くされた経緯をお書きになっていらっしゃいます。どの作品も真摯に描かれ、読む人の胸を打ちます。
この作品では愛犬の描写から、旦那様の在りし日の様子と著者の現在の心境を窺い知ることができて、とても巧みです。笑顔に込められた意味も考えさせられます。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在は第5期の講座を開講中(募集は終了しました)。
次回第6期の参加者の募集は、2023年1月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年2月号の誌上とハルメク365WEBサイトをご覧ください。
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