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「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。とこはさんの作品「叔父が伝えたかったこと」と青木さんの講評です。
叔父が伝えたかったこと
5年ほど前、入退院を繰り返していた叔父を、久しぶりに姉と訪ねた時のことだ。
お互いの近況などを話しているうちに、叔父、叔母、それぞれが話の順番を待ち切れず勝手に話し始め、ついには姉が叔母担当、私が叔父担当で話を聞くようになってしまった。
叔父の声はしゃがれ、私はちょっと別人と話しているような気がしたが、叔父は楽しそうに、自身の話や、祖父母の話をした。
また、母とは学生時代にしばらくいっしょに住んでいたから、茹でたほうれん草を切らずに長いまま食べた話など、母の口からは決して明かされるはずもない不名誉な暮らしぶりを、叔父は身ぶりよろしく話してくれ、私は笑いこけた。
さらに、戦争中、皆がもんぺをはいていた時代に、母はいつまでもスカートをはき通し、憲兵にとがめられたが逃げ切ったことを得意気に語ったとか。
なあんだ、お母さんだってそんな娘時代があったのね。素の母の生き生きとした姿が想像できて、うれしかった。
そして、話は母の死別した前の夫にも及んだ。
父とは再婚だということは知っていたし、その方は開業医で、戦争で従軍し、熱病にかかって亡くなった、と聞いていた。
ところが、叔父の話は違っていた。
従軍医として南方へ行っていたその方は、マラリアを恐れ、予防の薬の過剰接種が原因で中毒になり、日本へ帰されていたのだ。
叔父は長くややこしいその麻薬のような薬の名をスラスラと言い、話は詳しかった。
しかも、虚ろな瞳のその方は、母の実家、つまり祖父母の家に引きとられ、母に最期を看取られたという。
私はびっくり仰天、心底驚いた。
その家は私が小学六年生から高校時代をすごした家。
しかも、私が個室にし、受験勉強にも籠った三畳間が療養に使われていたのだ。
その方が、過去にそんな身近にいたとは。
その方が自分の実家へ帰らなかったのも意外だった。
看病した母はどんな思いだったのか。
娘の運命をいっしょに引き受けた祖父母の覚悟と真心のようなものに圧倒されもした。
それで、私の実家を片づけた際に見つけた、さびたピンセットや旧式の注射器など、医療器具のなぞも解けた。
そして、短い結婚期間だったろうが、その後、父と結婚し、二度の引っ越しを経ても、母は辛い形見を手離さなかったことを知ったのである。
ところで、私はまだ学生だった頃に母からもらった青いガラスのペン皿を持っている。
それは、無念な思いを残して亡くなったであろう、その方の遺品だ。
叔父の話を聞いてから、気に入っているペン皿を見るたびに、せめて私が生きている間ぐらいは、その方がこの世に存在したことを覚えていようと思うようになった。
「あと、話しておくことはないかな。」と全てを話し尽くそうとするかのように、叔父の話は続いた。
そして、叔父はその翌年に亡くなる。
ただの市井の人であった母の人生に、私からすれば、壮絶ともいえる、思いも寄らぬ一時期があったことは、私に、母への畏敬とも敬虔ともいえる気持ちを芽生えさせた。
別れ際に見せた叔父の笑顔と共に、深く、心にしまっておきたい。
青木奈緖さんからひとこと
自分が生まれる前のことは、身近な両親のことであっても意外にわからないものです。
今作はとてもドラマチックな内容で、小説にすることもできそうです。叔父様があえて昔話をなさったのは、戦中戦後のこうした出来事もお母様の大切な人生の一部としてお嬢様方に理解しておいてもらいたいとお考えになったからでしょう。枚数制限なしに、納得のいく形でまとめておくと良いでしょう。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
2022年9月からは第5期の講座を開講します(募集は終了しました)。
次回第6期の参加者の募集は、2023年1月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年2月号の誌上とハルメク365WEBサイトをご覧ください。
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