通信制 青木奈緖さんのエッセー講座第4期第3回

「酸いも甘いも嚙み分けられるまで」加藤菜穂子さん

公開日:2022.08.10

「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。加藤菜穂子さんの作品「酸いも甘いも嚙み分けられるまで」と青木さんの講評です。

「酸いも甘いも嚙み分けられるまで」
エッセー作品「酸いも甘いも嚙み分けられるまで」加藤菜穂子さん

酸いも甘いも嚙み分けられるまで

10年程前、長男がまだ独身で実家暮らしだったころ、食卓テーブルを囲んでよく一緒にビールを呑んだ。
20代の長男は、ぐいぐい呑むほどに饒舌になり、若い世代が思っていることを遠慮なく語った。酸いも甘いも知り始めた50代の私には、それが耳障りで歯がゆいこともあった。
缶ビールの空き缶が10個ほど転がるころには、2人ともボルテージがマックスとなり夜中まで熱く語り合ったものだ。
他の家族は、付き合いきれないとばかりに、いつの間にかいなくなるのが常だ。

しかし、適量を超えると怒鳴りあうことにもなってしまった。
「何で分からんの⁉」と大声をだす私に、「母さんこそ、何で俺の言うことが分からん⁉」と返す長男の顔は涙でくしゃくしゃになっている。
お互いに譲らない主張は、平行線どころか開いていってしまう。
それでも認めてほしいと訴える長男の眼差しは一途なところがあった。
発散した挙句に2人で大笑いしておひらきとなることが多いが、意見が対立したままで後味の悪いこともあった。
すると後日、頑固な私に長男が謝って互いに水に流すことにするのだが、そういう時、私は考える。

長男は、自分が間違っていたと反省したから謝ったのか、そうではないが関係修復のためにとりあえず謝って大人の対応をしたのだろうか。

現在、所帯を持っている長男には2人の可愛い息子がいる。
相変わらずビールが大好きで、一緒に飲む相手は仕事関係者や友人が多い。
会合やゴルフの後の飲み会で泥酔して、タクシーで帰ってくることがある。
私も自覚しているが、呑みすぎて気分が高揚しハイテンションになると、周りで見ているしらふの人間はついていけない。逆に気持ちが引いてしまう。

我家の隣家に住む長男が、夜中にタクシーで機嫌よく帰ってきたとき、目を覚ました私は布団の中で考える。
長男の嫁さんと孫たちは、どんな気持ちでいるだろう。そして泥酔した長男は、飲み会の相手に対して、大人の対応ができているだろうか。
39歳の長男が、酸いも甘いも嚙み分けられるのはいつのことか。その域に達するまでは、嫁さんや孫たちに迷惑をかけるだろうが、ずっと仲の良い家族でいてほしい。

天気の良い休日に、家の前で楽しそうに遊ぶ長男一家の声を聞きながら、私は一人でゆっくりと珈琲を飲む。

 

青木奈緖さんからひとこと

この方は安定して、毎回質の高い作品をお書きになっています。余裕を持って執筆なさっているので、「ビールを飲む・呑む」というような細かな表現の違いにまで気を配ることができています。青年から大人になり、さらに独立して家庭を持った息子さんとの関係性がうまく描かれています。余計な口出しをしないようにと慎みながらも、母親は息子を気づかって見守りつづけるのですね。

 

ハルメクの通信制エッセー講座とは?

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。

2022年9月からは第5期の講座を開講します(募集は終了しました)。
次回第6期の参加者の募集は、2023年1月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年2月号の誌上とハルメク365WEBサイトのページをご覧ください。

■エッセー作品一覧■

 

ハルメク旅と講座

ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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