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- エッセー作品「化粧」古河順子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。古河順子さんの作品「化粧」と青木さんの講評です。
化粧
私は毎朝化粧をしています。
外出をしない日も、誰にも会う予定のない日も化粧します。自分のためのお化粧です。約10分。
鏡の中のちょっとだけきれいになった自分に、にこっと笑って一日が始まります。
学生時代は資生堂の化粧水だけでした。日やけ止めも塗らないで、テニスや山登りにあけくれていた時のつけが、年齢と共に現れてきて、とてもいやなのが両手と背中に点々と浮き出てきた茶色のしみ。いわゆる老人斑、なんとも無残で、せめて手袋をしておけばよかったと後悔していますが後の祭りです。
子供たちはというと、長女はノーメイク。にきびにもあまり悩まされなくて、何年か前に「お母さん、化粧しなくてもいい肌に産んでくれて有難う」と御礼を言われ面食らったことがあります。
次女は脂性肌で、にきびには苦労したのですが、今はうす化粧で落ち着いているようです。
三女(息子の嫁)は、化粧に関心なさそうですが、石鹸の匂いのしそうなつやつやの素肌はまぶしい位きれいです。
私の母は、化粧は好きでした。
親戚がポーラ化粧品の代理店だった頃、六甲の家の鏡台に何種類もの瓶、クリーム類が並んでいました。使う順番を覚えられなかったのか、妹が1から順に図で示して、その横に「間違えたら1に戻ること!」と貼り出していたのを思い出します。
その家が地震で全壊して箕面に来た時は85歳でしたが、化粧はしていたように思います。
赤い口紅が好きでした。そんな母にプレゼントした箱型鏡台を前に、楽しそうに紅をひいている姿をみるのは嬉しかったです。
義母は化粧にはあまり興味なさそうでした。大きな姿見はトイレ横の3畳の間で、ほこりをかぶったまま。
この義母も口紅はつけていました。
口紅といえば、義弟が以前に話してくれたのですが、中学校を受験した折に、一次の筆記試験は合格して面接となり、校庭で順番を待っていたときに、ちょっとこちらへおいでと、義母にトイレの陰に連れて行かれて「お前、顔が真青やで。そんな顔みただけで落とされるわ」とハンドバッグから、頬紅と口紅を出して塗りつけられたという。
義母はいつもこの息子に「お前は大きな図体してあかんたれや、そんなことでどうする」と歯痒がっていたから、この件も、さもありなんと思ったけれど、面接した先生は頬紅口紅をひいた受験生に面くらったことでしょう。
「もうあかん、落ちたと観念してたけど、受かったのは母ちゃんのおかげや」と80歳をすぎた今でも義弟は感謝しているようだけど、化粧といえば思い出し、思い浮かべるたびに笑えてしまうエピソードです。
青木奈緖さんからひとこと
昨今、化粧は女性に限ったことではありませんし、かつてのように家の中ですることという概念も崩れていますが、それでも化粧がその人にとってプライベートな行為であること、自分自身との対話のひとときであることに変わりありません。
この作品は化粧を切り口に日常のひとこまや忘れられない思い出が描かれていて秀逸です。 著者は作品全体では「化粧」という表現を選んでおり、「お」はつけていません。作品全体で「お化粧」とすれば過剰に甘くなってしまうところを「化粧」できりっと引き締めています。冒頭の「自分のためのお化粧」という箇所でのみ「お」を使っており、ここに著者のやさしい気持ちや日々鏡に向かうひとときを楽しんでいる様子があらわれています。たった一文字が、実に雄弁です。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
2022年9月からは第5期の講座を開講します(募集は終了しました)。
次回第6期の参加者の募集は、2023年1月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年2月号の誌上とハルメク365WEBサイトのページをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第4期#1
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第4期#2
- エッセー作品「酸いも甘いも嚙み分けられるまで」加藤菜穂子さん
- エッセー作品「化粧」古河順子さん
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