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- エッセー作品「義母の悟り」吉川洋子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。吉川洋子さんの作品「義母(はは)の悟り」と青木さんの講評です。
義母(はは)の悟り
いつもの朝のキッチン。シンクの前に立っている時だった。
義母が斜め横のリビングドアを開けて、きっぱりとした顔でまっすぐ私に向かってやってきた。
いつも朝の食事だけは別々にとっている上、殆ど自室に引きこもっている義母にはないことだった。対面キッチンの私の前で、
「洋子さん、私は悟ったんよ。生き直そうと思うんよ。みんな私のことを心配して動いてくれてるのに、嫌なことばっかり言って、ごめんね。悟という字を書いてくれる?貼っておくから。」
その日は、前日の私の話が心に残って朝まで眠れなかったという。
それは、ケアマネージャーと私とが義母の主治医から呼び出され、午後の診察時間の中で30分余り激怒されながらの説教を受けた話だ。
1年前、行きがかりから主治医になってもらったのだが、おざなりの診察で投薬して終わり、という医師に義母はストレスを感じていた。高齢のこれからの不測の事態を考えるともっと近くの安心できる町医者に主治医をかえたいと申し出をしたのだ。
30分間の説教をがまんして新しい主治医に移れたのだから私にとっては一件落着だった。
だが、この話は義母には相当こたえたらしい。意を決した詫びと悟りを聞いて、私は一人、義母の素直さに打たれ呆然とした。
義母は、広島の町の中心地に生まれ育ち、縁あって田舎の百姓家に嫁ぎ、百姓仕事を引き受けながらも生涯「町からの人」と呼ばれ、近隣にもどこにも心を開く人は居なかった。
何か事が起こると田舎のいい人でありたい義父(ちち)に代って難事を処してもきた。早くに両親を亡くしており、甘えとか依存をひどく嫌った。
私は義母に寄り添うでもなく寄り添わぬでもない、いい塩梅の距離感を保ってきた。義母もそれに近かった。
だがこの時は一気にその距離を越えてリビングの向こうの自分の部屋から私の目の前に立ったのだ。私は、その素直さに言葉を失い、手放せない自分の頑なさに一瞬のうちに向き合わされた。
1日にして義母は変わった。
これまではケアマネージャーの加藤さんの問いかけにも必要最小限、無駄言のなかったのが、昔口ずさんだ歌まで披露するようになった。
加藤さんを送った玄関先の畑一面に咲いているひまわりを見て、「こんなにひまわりもいっぱい咲いて何んといい日だろう。」と心が言葉にこぼれた。
それから1月経ったころか、ついでがあって久々来た義妹(いもうと)と、義母と夫と私の4人で珍しく水入らずの夕食を囲んだ。
義母はこれまでに話したことのない自分のルーツや結核で亡くした姉や弟などの名前を挙げながら夜遅くまで食卓から離れなかった。
その翌朝だった。トイレで脳出血を起こし、義母は意識不明の重体で救急車の人になった。
一命はとりとめたが、数か月して胃ろうの要介護5で自宅に戻った。
寝返り一つできない状態でも文句も苦言の一つもない10か月間を送り、義母にとっての姑の命日の一日前、穏やかに静かに91歳の生涯を閉じた。
青木奈緖さんからひとこと
年を重ねてご高齢になられてからも、お義母様は柔軟な心を持ち続けていらっしゃったのですね。
生き直す決意は決してたやすいことではなかったでしょうけれど、ご自身にとっても、ご家族にも、お幸せだったに違いありません。
「家族の誰かを描く」作品の場合、(例えばこの作品でいえば)どうしても「義母は」という文が多くなってしまいます。ある程度は仕方ないのですが、省略しても無理なく意味が通るところは省略しましょう。
また、常に文の頭で「主語+は」というかたちで使うと余計に多用感が強調されるので、文の中頃に移動させたり、主語ではない使い方(義母に、とか、義母にとって)等、工夫してみましょう。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月26日(火)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第3期#4
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#5
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#6
- エッセー作品「ずっと一緒」小笠原タミヨさん
- エッセー作品「義母(はは)の悟り」吉川洋子さん
- エッセー作品「『ありがとう』が言えなかった」徳武有紀さん
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