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- エッセー作品「淑子さんを追っかける」竹内さやかさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今回のテーマは「見落とす」です。竹内さやかさんの作品「淑子(よしこ)さんを追っかける」と山本さんの講評です。
淑子(よしこ)さんを追っかける
淑子さんは夫の母である。ずっと同じ敷地の隣の家に住んでいる。
晩年認知症になってしまったが、穏やかな性格のままで家で暮らしている。
ある日淑子さんの歯医者に義父が散歩がてら二人で歩いていくという。
いつもは私と車で行くのだが、徒歩で15分位、バスで3つめの終点というところ。
何十年も暮らし慣れている街なので安心して見送った。
しばらくして「大変だ。おばあちゃんがいなくなった」と義父から電話が入った。
きけば歯医者が混んでいて時間がかかりそうだったので、受付の人にお願いしてちょっと買い物に出たという。
そして戻ったら淑子さんはいなかった。
私は「すぐ行くから待ってて」と自転車に飛び乗った。
義父は困った顔で歯医者の前で待っていた。
「私が見つけて帰るから、爺ちゃんは家に戻っていて。
おばあちゃんが帰ってくるかもしれないから」
義父だって90歳をこえている。捜すのは無理だ。
深呼吸して冷静に考える。
「おばあちゃん。仙川(註)に出たら、まずMスーパーで買い物をしてバスで帰るな。寄り道はしないひとだ。よしMスーパーだ。」
Mスーパーに着くなり目を皿のようにしてキョロキョロ探す。
見逃してはいけない。しかしスーパーにはいなかった
次にバス停に急ぐ。何とまさにバスに乗り込もうとしている淑子さんがみえるではないか。
必死で自転車をこぎながら「頼むー発車しないでくれ」と心の中で叫んだが、無情にもバスはスーと出てしまった。
降りる停留所は3つめ、信号もあるので何とか追いつけるだろう。しかしそんな時に限って信号は青で乗降者もいない。
必死でバスの後ろを追っかける。3つめのバス停でバスが停まった。
「頼むー降りてくれ」とまた叫ぶ。
しかし期待は外れて淑子さんは降りてこない。
何としてでもバスに追いつかねば。すごい形相で自転車をこぐ。
さらに2つ先の停留所で停まったバスに何とか追いつき、バスの前にキュッと自転車をとめ運転手さんに手をあわせ拝む。(いや頼む)
やっとバスに乗り込むと涼しい顔の淑子さん。
私を見つけ「あら偶然ね。さやかさんも同じバスに乗っていたのね」などと言う。おいおい。
「乗り過ごしちゃってるよ」と言いバスを降り一緒に歩く。
肩のゼイゼイはおさまらない。
「あら、バスなのに何で自転車おしてるの」
と不思議そうな顔があまりに可愛くおかしかったものだから、吹き出してしまった。
家の前では申し訳なさそうに爺ちゃんが帰りを待ちわびていた。
淑子さんの手には、あじの干物とほうれん草の入ったMスーパーの袋があった。
註:「仙川」……京王線の駅名、街
山本ふみこさんからひとこと
どきっとさせられる「事件」であったのにもかかわらず、おとぎ話のように読んだのです。もちろん、どきどき、はらはらしましたけれど。
登場人物に関する所感は、ほとんど描かれません。それでも、淑子さんがどんな女性であるか、がほわっと伝わります。淑子さんの夫君も。そうして書き手も。人物を描くとは、こういうことなのだなあと感じ入っています。
結びにも注目していただきたいと思います。
淑子さんの手には、あじの干物とほうれん草の入ったMスーパーの袋があった。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月4日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上とハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
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