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- エッセー作品「怪盗四葉」風野りんさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コース 第7期の参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第3回の作品のテーマは「見落とす」です。風野りんさんの作品「怪盗四葉」と山本さんの講評です。
怪盗四葉
幼い頃通った保育園は急な坂道の上にあった。
息を切らして坂道を登り切った右側に保育園があり、左側には三角コーナーのような小さな空き地があった。
そこにクローバーが絨毯のように生えていて、たんぽぽも顔を見せていた。
あれは小学6年生が始まる少し前の時期だった。なつかしい空き地にふと足を踏み入れてみた。
ふかふかのクローバーを触っていたら、立派な四葉を発見。幸運のシンボルだ。
わぁっと歓声をあげ、うれしくなって、他にもないかと周りを探してみる。
なんということか、3つも4つも、いやそれ以上に、次々四葉が見つかったのだ。
四葉ができる原因の1つに、踏まれたりして傷がつき、1枚の葉が2枚に分かれるという説がある。
人に踏まれやすいところでは四葉がたくさん生まれるそうだ。四葉の発生が、クローバーが苦労した証という表現を知った時は感慨深かった。
実のところの原因はわからないが、その空き地の一角は四葉の群生地となっていた。
私は世界の七不思議を発見したかのように興奮し、密かに訪れては四葉を摘んで帰るようになった。
四葉は辞書に挟んで保存した。その数はどんどん増え、乾燥した四葉は厚紙に貼ってシールで保護し、しおりにしてみたりもしてみた。
母親にあげたらとても喜んでくれた。時々辞書を開けて、たくさんの四葉を見ては至福の気持ちに包まれた。
これを周りにもおすそ分けしたいと思うようになり、どうすればいいかと小さな頭を悩ませた。
そして、ある日、良い企みを思いついた。
もうすぐ4月の新学期、6年生のクラスメイト全員の誕生日に、この四葉を添えてバースデーカードを贈ってはどうだろうか。
しかも、気づかれないように教室の机に忍ばせるのはどうだろうか。
差出人のわからない四葉の入った幸運の手紙。みんなきっとびっくりするだろう。
そうだ、差出人名は「怪盗四葉」にしよう。当時怪盗ルパンシリーズにはまっていた私は、考えただけでワクワクした。
早速その計画を3人のクラスメイトにだけ話し、手伝いをたのむ。3人はすぐにのってくれた。
絶対に正体がばれないように秘密だと約束した。
担任の先生には事情を話し、全員の誕生日の情報を確認した。
4月、初めての誰かの誕生日、その前日の放課後にその子の机にそっと手紙をしのばせた。
翌日ドキドキしながら登校すると、さっそくその子が「なんだこれ?」と手紙を見つけていた。
風変りな手紙に戸惑った様子を見せつつも、誕生日を祝うメッセージに照れくさそうにしている。
私は内心はニマニマしながらも「見せて、へー、すごい!」と演じてみた。
誰かの誕生日に教室に届く「怪盗四葉」からの手紙。2人目、3人目と計画はうまくいった。
私はその後も空き地に通っては、四葉を摘み、辞書に挟んで、次の誰かの誕生日に備えた。
次第に教室中で「怪盗四葉」の正体が誰であるか……は噂の的になった。
最初はみんな、先生がやっているのだろうと思っていたが、誰かが字が違うと言いだし、クラスの謎になっていった。
半年が過ぎ、半分以上の子が怪盗四葉の手紙を受け取ってもなお、正体はばれなかったが、犯人はまだ受け取っていない子なのではないかという推測が広まった。
私の誕生日は1月。冬になり、みんなが私を疑うようになった。
そして私の誕生日の前日に、何人かが放課後に教室に残って見張ると言い出した。
鼻息荒い彼らの様子に一瞬困ったが、先生にみんなが帰った後に手紙を机に入れてほしいことを職員室でこそっとお願いした。
その日はかなり暗くなるまで、何人かが教室で待ち続けたそうだが、先生が帰宅するよう促したと言う。
私の誕生日、私は机の中から手紙を取り出し、「わぁ、私にも届いた!」と女優さながらに演じた。
それを見て、前日教室で見張ったメンバーは「りんちゃんも怪盗四葉ではなかったか」とがっくり。
謎は謎のまま3月まで過ぎ、私たちは怪盗四葉の正体を誰にもばらさずに、クラス全員に四葉のバースデーカードを贈り、完全犯罪をやりきった。
今考えると仲間の3人もよく黙ってくれていたものだ。もしかすると、何人かのクラスメイトは気づいていたのかもしれないが……。
いま思うことは、あの頃の自分は何の見返りもなく、誰にも知られなくても、誰かに幸せになってもらうことだけで満足だったということだ。
そんな純粋さを私はどこに置いてきたのだろうか。
大人になってからは、自分がやったことを少しでもわかってほしいと、ついついアピールしてしまうようになっている。
昨年の秋、四葉が生えていたあの空き地に行ってみた。
急な坂道は拍子抜けするほどゆるやかで、あっという間に登り切る。目に入ってきた空き地はそのまま残っていた。
時を越えて、花壇が作られ、クローバーの部分は小さくなっていたが、当時はなかったパンジーなどのかわいらしい花がきれいに手入れされて植えられていた。
山本ふみこさんからひとこと
「風野りん」は、書きたいテーマを見つけて連作にとりかかっています。「かつての自分と向き合う中で、発見することがある」と語っておられます。おそらく本作は、テーマのプロローグとなるはずです。
魅力は他者に対する興味(愛情といっても過言ではありません)の持ち方と、面白がり方。
そうして、自分との向き合い方の中に、静かな観察がありますね。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
現在、参加者を募集中です。申込締切は2022年7月4日(月)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」7月号の誌上とハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
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