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- エッセー作品「生かされて」星野玲子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。星野玲子さんの作品「生かされて」と青木さんの講評です。
生かされて
暮れから正月にかけて晴れた日が続く。
膨らみ始めた辛夷の冬芽の群れが、青空を背に銀色に光っている。
冬芽は若葉や花芽を抱いて、ひっそり春を待っているのだと私の胸も弾む。
陽だまりには、蠟梅の枝に蕾がひしめき合っている。
ふっくらとした丸い花びらが数輪開き、朝日を浴びて淡いクリーム色が透き通るようだ。
冷たい風にもめげず優しく清らかに、仄かに甘い香りをのせて。 私は清澄な空気を胸いっぱいに吸い込む。
自分の足で我が家の庭に立っていることを実感する。
3ヶ月ぶりに、無事病院から生還したのである。
昨年9月末の夜半、胸から背中に抜けるような激痛に襲われた。
明け方近く、痛みは遠のき少しうとうとした。
翌朝弟の病院で診察を受ける。血液検査の結果を見て彼は顔色を変えた。
肝機能数値が標準の10倍もあるという。
造影剤を静脈に注射して、CTで肝臓を撮影した。
その映像を見た彼は、大学病院の消化器外科専門医に相談して、急きょ、入院が決まった。
病名は閉塞性黄疸。胆管の一部に閉塞が見られ、胆汁の流れを良くするために内視鏡手術が行われた。
麻酔から目を覚ますと、鼻から胆汁を流す管が出ていて、右頬に大きな絆創膏で止められている。
更に管は点滴台の下方に誘引され胆汁が袋に溜められている。胸には小型の心電図、左腕に点滴の針がさしてある。
「狭窄の見られた胆管にステントを入れて広げる手術は成功しました」と、術衣の医師は私を覗き込んで言った。
しかし、これが始まりだった。
胆管の一部閉塞の原因が癌細胞との疑いが濃厚で、胆管のあちこちから細胞を採取して検査が繰り返される。
絶食をし、麻酔をかけ、血液を取り、腕は細くなっていく。
病室の白い壁に囲まれ、コロナ禍での入院生活は孤独と恐怖の戦いだった。
夫が数日おきに洗濯した物を届けに来るが面会はできない。
ある日、看護師さんに姿だけでも見たいと頼んだらしく、廊下に出てみるようにと言われた。
点滴台を横に検査着のまま立つと、遠くに夫の姿が見えた。
北海道旅行の時揃えたピンクのシャツを着て手を振っている。シャツは涙で滲んで、やがて視界から消えた。
家族や多くの友人の祈りに支えられて「生きたい」と思った。
病院の肝臓病用の食事もがんばって食べ、呼吸法をしながら十分な睡眠をとる努力もした。
長い闘病生活だったが、閉塞性黄疸も完治し癌の疑いも晴れた。
「生かされた命」に謙虚に向き合い、一日一日を大切に生きていこうと思う。
青木奈緖さんからひとこと
闘病は誰にとっても切実なテーマです。コロナ禍が入院の日々をよりいっそう難しいものにしていることは間違いありません。
ご夫婦が遠く離れた状態でお互いの無事を確認しあう場面に私は涙がこぼれました。
無事のご退院、何よりでした。医療的な専門用語もすんなり理解できるように描けています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2022年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。
募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#2
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第3期#3
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第3期#4
- エッセー作品「心の枷が解けるとき」塚原明子さん
- エッセー作品「奇妙なペット」古河順子さん
- エッセー作品「生かされて」星野玲子さん
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