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- エッセー作品「扉を開けた人」平木智子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コースの参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第4回のテーマは「かけはし(橋)」です。平木智子さんの作品「扉を開けた人」と山本さんの講評です。
扉を開けた人
偶然の出会いが将来を大きく左右することはよく聞く話だが、私の人生にもそんなことが起った。
夫を亡くして先が真っ暗になってしまった私は全ての意欲を失い、時間が無為に流れていった。
2年ほど経過したころに、ようやく気分転換をしようと思いたち、環境を変えてみようとロンドンへ出かけた。
英語学校の学生ビザを取得して、学生生活が始まった。
最初の半年間は授業中に教師が話している内容のほとんどを聞きとることが出来なかった。
日本の英語教育はグラマーの学習が中心で、幸いにもその知識が頭の中に残っていた。この学校でも教室ではグラマーが中心であったのでテキストとボードに書かれてゆくことを照らし合わせながら、何とかついてゆくという状態であった。
自分の理解できない言葉が行き交う環境に身を置くことは想像以上にストレスフルなことであった。
体重がみるみる落ちていった。それでも帰国しようとは思わず、自分で決めたことダと、泣く思いで頑張って2年が経過したころには、日常会話に不自由しなくなり、気持ちにゆとりが出て来た。
学生には週15時間のアルバイトが許可されていた。
それまでは、英語学校と住まいのホステルフレミングの往復が日常であったので、気分を変えるために、ちょっとアルバイトをしてみようかと思いたった。
日系の職業エージェントをのぞいてみると、ボードにロンドン三越の店員募集が貼ってあるのを見て、三越はバーバリー、アクアスキュータームなどの衣料を多く扱っているので、私のドレスメーカーとしての経験が役立つかもしれないと、応募することにした。
備え付けの用紙に簡単な履歴書を書いて提出すると、ウッズと名乗った担当の日本人女性は、それに目を通してから、
「貴女のような経歴の方を探している方がおりますので会ってみませんか」と言われた。
思いもよらぬことであったが、その人に会ってみることにした。
間もなく現れたM氏はこの会社の社員で夫人が衣料品店を経営しているとのことであった。
日本企業が雨後のたけのこの様に次々と英国に進出して来た1980年代のことである。
駐在員家族からの洋服のサイズ直しから婦人服の仕立までの依頼が日増しに入り、それまでの内職仕事ではまかないきれなくなり、ドレスメーキングの専門家を探しているところであった。
翌日にショップ経営者の夫人と会い話が決まった。
次の週から午前中英語学校へ、午後はショップで婦人服の製作をすることになった。
数ヶ月が忙しく流れていった。
ある雇用主から、労働許可証を取ってあげるから、ここで仕事を続けないかともちかけられた。
三越でちょっとアルバイトでも……と思ったことが、何かの力で、思ってもいなかった方向にいざなわれてゆく様な感じがした。
それは不安を与えるものではなく、少しづつ行く手が開いてゆくような感覚だった。
労働許可申請の間は英国外に出なければならないので、その時持っていた学生ビザ期限が来た時に一度帰国することにした。
労働許可は申請してもすんなりと下りるものではないようである。
ドレスメーカーは必ずしも日本人である必要はないので、現地の人を雇えというのがホームオフィスの言い分である。
ショップの方では、顧客サービスの為に、ソーイング教室開設のプランもあり、洋裁教師の経歴と、又きもの着付師の資格の必要性を強調し、私を特化して粘ったということであった。
そして6ヶ月がかりで、労働許可証を取得した。
1年後には1DKのフラットをローンをくんで購入し、私の生活は1歩づつロンドンに根を張ってゆくことになった。
後年独立してソーイング教室を開いたのだが、土曜教室に先の職業エージェントで私をM氏に引き合わせたウッズさんが生徒として参加して来た。
「貴女が私のロンドン生活の扉を開いたキーパーソンだったのよ」
と話すと、多くの人々に接していた彼女は、私のことを全く記憶していなかった。
さように、劇的でもなんでもなかった偶然の出会いが、後の私の30余年のロンドン生活を築くかけ橋となった訳である。
物ごとがうまく運ぶ時というのは、自らがやっきになって頑張る時よりも、見えない力でむこうから運ばれて来ることが多いことをこの人生の中で実感したことであった。
山本ふみこさんからひとこと
この生きにくい時代、この季節、「扉を開けた人」をみなさんと共有したいと思いました。
「物ごとがうまく運ぶ時というのは……」から始まる結びは、後輩たちに伝えたい珠玉の教えです。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
現在、第7期の参加者の募集中です。申込締切は2022年1月7日(金)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」1月号の誌上とハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
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