山本ふみこさんのエッセー講座 第6期第4回

エッセー作品「イチジク」臼井嘉子さん

公開日:2021.12.20

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コースの参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第4回の作品のテーマは「かけはし(橋)」です。臼井嘉子さんの作品「イチジク」と山本さんの講評です。

「イチジク」
エッセー作品「イチジク」臼井嘉子さん

イチジク

仕事帰りに、いつもの八百屋さんに立ち寄った。
店先にはブドウやナシなどのほか、出はじめのミカンも並んでいる。秋は旬の果物の種類が豊富でなんとも嬉しいことだ。どのブドウを買おうか迷っていたところで、イチジクを見つけた。
今年のお初。

イチジクには、それぞれ和歌山県産と愛媛県産の札が付いている。
その隣に、福岡県産「とよみつひめ」とパックのセロファンに印刷された少し小振りのイチジクが、4パックほど並んでいた。

そのイチジクのコーナーには私の他にもお客さんがいて、偶然同じパックに同時に手を伸ばしてしまった。
手と手が触れあったので、お互いパッと引っ込めながら、
「あら、ごめんなさい」
顔を見合わせて笑い合った。
「イチジクは、どこのが美味しいかしらね」
「わからないけれど、この小振りのイチジク、とても美味しそう」
「ほんと、名前がついている」
とよみつひめだ。
そのひとは、あらためて「とよみつひめ」をカゴに入れて店の中へ入っていった。私もそのイチジクに決めた。
どこか聞き覚えのある、優しいトーンの声の持ち主とのやりとりだった。
少しささやくような、癒されるような声。

私はすぐに思い出した。
もうかれこれ30年近く前のこと。

仕事で、地方の町興しイベントのステージに「ピエロ」を入れる企画をしたことがあった。
私はディレクター兼マネージャーとして、パープルさんというピエロ芸人さんに同行。現場終わりのその夜は一緒に、木曽路の山奥にあるペンションに1泊した。
宿の夕食に、たっぷりのアーモンドを付けて揚げたニジマスが出た。とても美味しかった。私たちは食事をしながら、互いの自己紹介からはじめて話が弾み、部屋に戻ってからも夜遅くまで話し込んだ。

その出会いをきっかけに、仕事だけでなくプライベートでも食事する機会があった。
パープルさんは、ピエロだけでなく占い師でもあって、私の人生を占ってもらった資料は今も手元に残っている。
今から5年ほど前、秋も深まったころ、パープルさんは突然逝ってしまった。
新宿のホテルイベントのステージ直前の控え室で、倒れたのだ。

気が付くと、私たちは長いこと会っていなかった。

「イチジクはどこのが美味しいかしらね」
耳に残るあの声は、このとき、いっきに「パープルさん」を呼び覚ましてくれた。
それはとても懐かしくて、なぜか久ぶりに会えた気がした。

 

山本ふみこさんからひとこと

思い出を描く。

これはなかなかに難しく、時に甘過ぎたり、苦過ぎたり、あるいは読者の介在を許さぬほどに閉鎖的だったり……。

その日わたしは、講座で作品の中の「わたし」という存在について、お話ししました。「わたし」がいなくては困ると言い、「わたし」が前に出過ぎるのも困ると言い……、みんなで思いきりこんがらかったのでした。

「イチジク」に描かれた思い出は、声を通してつながる世界です。驚きました。驚いて、酔いしれました。お見事。

 

山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは

随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。

参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。

現在、第7期の参加者の募集中です。申込締切は2022年1月7日(金)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」1月号の誌上とハルメク旅と講座サイトをご覧ください。


■エッセー作品一覧■

ハルメク旅と講座

ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

マイページに保存

\ この記事をみんなに伝えよう /

注目企画