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- エッセー「昭和31年生まれ 一雄さん」佐野朋子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。佐野朋子さんの作品「昭和31年生まれ 一雄さん」と青木さんの講評です。
昭和31年生まれ 一雄さん
夫は童顔で小柄なせいか、一見苦労知らずのお坊ちゃまに見えます。少し話をしても、おしゃべりな冗談好きで、暗い影は見当たりません。
けれど幼少時、大変厳しい毎日を送っていました。
夫が物心ついた時には、もう父と母は仲が悪くいがみ合っていたそうです。
庭で遊んでいると片方の親が迎えに来て、そちらの家に連れて行かれしばらく暮らす、ということを繰り返していたそうで、幼稚園に通えなかったそうです。
知らない土地で暮らしたり、東京にいる祖母や母の兄妹にしばらく預けられたりしていました。
就学前に、親の同行なく全く1人のまま見知らぬ人に託されて、金沢から東京まで旅したこともあるそうです。つきそいをまかされた人も困ったことでしょう。親から全面的に預けられた祖母や親族もさぞや苦労だったことと思います。
幼少の夫は家庭裁判所で、「父と母のどちらの方に行きたいか」と質問され、「お母さんのところに行きたい」と答えたそうです。
そこからは、母親の下で過ごし、父と会うこともなくなりました。
けれど父と一緒に過ごした時の思い出を今でもくり返し語ってくれます。母の下で暮らしましたが、父のことも大好きだったのだなあとよくわかります。
裁判所での究極の選択は、子供にとってたいへん残酷で、のちのちどんなに傷ついたことだろうと悲しくなります。
その後母は別の人と新しく家庭を築き異父妹も生まれましたが、またうまくいかず、離婚しました。
大人にふり回された幼少期を過ごし、幼かったために抗うこともできず従うしかなかったその心情を思うと心が痛みます。と同時に、よくぞここまでまっとうに育ったものだと感心もします。
そして厳しい局面でも投げやりにならず、真面目に対処する夫の心の強さにも改めて思い到ります。
夫は3月で定年を迎え、コロナ流行も重なって、毎日何をするでもなくずっと家に居る生活が続いています。
今は、「ごく普通の家庭」である我が家で、何の気がねも警戒心もなく思いのままに過ごしている姿を見ると、もう少し何とかならないかと、タメ息混じりに思うこともあります。
けれど、このように夫の苦しかったころをかえりみると、今の姿をありがたくも感じます。
夫の苦難を時折思い出して、これからも多少のことは大目に見ようと思います。
青木奈緖さんからひとこと
旦那様へのまなざしに理解と愛情が感じられます。幼い頃にどれだけ望んでも手に入れることができなかった「ごく普通の家庭」で、今はゆっくりくつろいでいらっしゃるご様子にこちらも安堵しながら拝読しました。
ほのぼのとした筆致がすべてを包み込んで、時を経て癒されるということがあるのだろうと感じさせます。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師でエッセイストの青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在、雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで3月から始まる第2期の参加者を募集しています。詳しくは、こちらをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー#3
- エッセー作品「DNAはくり返す」ただ せいこさん
- エッセー作品「はらから」古河 順子さん
- エッセー作品「犬もわが家族」古本 優子さん
- エッセー作品「昭和31年生れ 一雄さん」佐野 朋子さん
- エッセー作品「ありがとう‼」花鳥風月さん
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