末盛千枝子さん「3.11絵本プロジェクト」

親を失った被災地の子どもたちに届け!絵本と想う心

公開日:2023.03.06

更新日:2023.03.20

これまで数々の絵本の出版を手がけ、皇后美智子さまの本も出版してきた末盛千枝子さん。震災の前年に移住した故郷・岩手で「3・11絵本プロジェクトいわて」を立ち上げました。被災地の子どもたちに絵本を届ける活動を追った2011初夏のレポートです。

末盛千枝子さん「3.11絵本プロジェクト」への想い
写真提供=3・11絵本プロジェクトいわて

末盛千枝子(すえもり・ちえこ)さんってどんな人?

東日本大震災 取材
隠れてしまっていますが、「今日は曇りで岩手山が晴れた日は、本当に美しいですよ」八幡平市のご自宅のデッキで

末盛千枝子
1941年、父・彫刻家・舟越保武と母・道子の長女として東京に生まれる。

4歳から10歳まで岩手県盛岡市で過ごす。慶應義塾大学卒業後、絵本の出版社・至光社に入社。83年、夫の突然死のあと、ジー・シー・プレスで絵本出版を手がける。

最初に出版した本のうちの1冊、『あさ・One morning』が86年、ボローニャ国際児童図書店グランプリを受賞。ニューヨーク・タイムズ年間最優秀絵本に選ばれる。

88年、株式会社すえもりブックスを設立。

以後、まど・みちおの詩を、皇后美智子様が選・英訳された『どうぶつたち・THE ANIMALS』と『ふしぎなポケットTHE MAGIC POCKET』、98年には皇后美智子様のご講演をまとめた『橋をかける・子供時代の読書の思い出』の他、国内外の絵本等を出版。

2010年、69歳のときに住み慣れた東京を離れ、60年暮らした東京から、故郷・岩手に移住。

2011年の東日本大震災後、「3・11絵本プロジェクトいわて」を立ち上げ、被災地の子どもたちに絵本を届ける活動を開始(プロジェクトは2021年に終了)。

小さなうれしいが重なって、気付いたら元気に、が理想

東日本大震災 取材
写真提供=3・11絵本プロジェクトいわて

※この記事は2011年6月の取材をもとに構成しています。

上の写真は、2011年5月24日、"えほんカー"第一号が岩手県野田村の保育所を訪問した様子。絵本の読み聞かせをした後、30人の園児が600冊の中から思い思いに好きな一冊を選んだところです。

末盛千枝子さんの呼びかけに、全国・海外からも集まった絵本は何と20万冊。延べ1400名のボランティアスタッフが開梱・仕分け作業をし、4月4日から宮古市、山田町、大船渡市、野田村、釜石市など5か所の被災地を巡り、3万冊を届けました。

「IBBY(国際児童図書評議会)という組織で理事をしていたとき、空襲のある戦地や被災地で、子どもたちを膝に乗せて絵本を読んであげると、そのときだけは少し恐怖心を忘れ、落ち着きを取り戻す、と友人たちに聞かされてきました。

一冊の絵本を見たからといって急に元気になるわけでは ないけれど、そういう小さいうれしいことが少しずつ重なっていって、気が付いたら元気になっていたということになるといい、と思っています」と末盛さん。

「何かしたいと考えていたとき、このプロジェクトを知り、これだ!と思いました」という手紙とともに届く絵本の数々や、2~5歳の子どもたちが「これは僕がとても好きな本です。楽しんでください」、「僕はこの怪獣が好きです」といった絵手紙を添えて送ってくれた本もたくさんあるそうです。

東日本大震災 取材
0~2歳、3~4歳、小学校低学年、高学年用に仕分け中。「この絵本、私も大好き」と話が弾みます

「被災地の子どもたちに宛てた、子どもたちの絵本”というのができそうなくらいですよ。娘や息子が結婚して孫ができたらと、とっておいた本を、どうやらその気配がないので送ります、という方も多かったです(笑)。絵本に対するみなさんの信頼の大きさに、驚きました」

一人一人、背負う悲しみも、表現の仕方も違うから

東日本大震災 取材
写真提供=3・11絵本プロジェクトいわて

最初に向かった岩手県宮古市の赤前保育園では、3歳くらいの女の子がひとり、読み聞かせの輪に入らずに、じっと下を向いていたそうです。避難所で、帰ってこない母親を待っている子でした。

その一方で、「陸前高田市の小学校高学年の子どもたちは楽しそうに本を手にしていましたが、実は車や家が流れていったり、フェンスにつかまっていた人がついに手を放してしまった光景を、全部見てしまった子どもたちだったのです。

子どもって大人に対しての思いやりもあって、なかなか口には出さないのですが、その子その子が違う悲しみを背負っていて、表現のしかたも違うんだと思います」

末盛さんご自身も、前の夫が亡くなったとき、長男、次男の様子から、それを感じ取ったそうです。

「二人ともしばらくパパのパの字も言わなかったんです。よその父親と息子が歩いていて、パパ~、と話しかけたりするのを見かけると、長男が私の顔を見上げて、ニーっと笑って。仕方がないねって私をいたわってくれているようでした。

夫の死から2か月後、洗いものをしている私の隣に長男がやってきて『パパが最初に気持ちが悪いと言ったとき、すぐ救急車を呼べば助かったかもしれないね』って。ということは、それまでの間、彼はずっと心の中にそれをしまっていたんです。

次男のほうは、夫がつくった最後のテレビ番組をいくら言っても絶対に見なかった。見れば死を認めることになると思ったのでしょうか」

夫の死後、「実は私も小さいときに親に死なれたんです」と、末盛さんに声をかける人が多くいました。「こんなにたくさんの人がそうだったのか、そしてこんなに立派な大人になったのか、と胸がいっぱいになりました。それは本当にありがたいことでしたね」

東日本大震災で、両親ともに亡くなったり、行方不明になった18歳未満の震災孤児は、岩手、宮城、福島の3県で200人以上に上ると報道されています(2011年6月取材当時)。

「絵本プロジェクトは、長い仕事になると思います。宮城や青森などからも要請があり、いろいろな地域をまわるためにも、えほんカーを増やしたい。戦後私たちが、紙芝居屋さんが巡って来るのを楽しみにしていたように、えほんカーも、そんな存在になれたらいいと思います」

「3・11絵本プロジェクトいわて」の活動

えほんカーを被災地の子どもたちへ!小さな避難所や仮設住宅にも絵本を届けるプロジェクト(10年間の活動を経て、2021年3月26日、活動終了)
http://www.ehonproject.org/iwate/index.html

子どもにも大人にも読んでほしい4冊の絵本

絵本は子どもだけのものではありません。子どもも、そして大人にも読んでほしい、末盛さんが選んだおすすめの4冊をご紹介します。

東日本大震災 取材

『おやすみなさいのほん』
眠りにつくとき、みんなを安心させる本。えほんカーに、必ず入れたい1冊。
マーガレット・ワイズ・ブラウン=文 ジャン・シャロー=絵 石井桃子=訳 福音館書店1155円(税込)

東日本大震災 取材

『100万回生きたねこ』
愛することと死ぬことが見事に描かれている本。これを1冊だけ贈ってくれた方も。
佐野洋子作・絵 講談社1470円(税込)

東日本大震災 取材

『フレデリック』
みんなが寒いとき、太陽の光を思い出させるフレデリック。今の絵本の必要性は、ここに込められていると思います。
レオ・レオニ=作・絵 谷川俊太郎=訳 好学社1529円(税込)

東日本大震災 取材

『ラチとらいおん』
弱虫なラチが、ポケットにいるライオンのおかげで強くなれる。たわいのない話でも、大好きな本。
マレーク・ベロニカ=文・絵 徳永康元=訳 福音館書店1155円(税込) 


取材・文=野田有香(ハルメク編集部) 写真=堀内孝
※この記事は、雑誌「ハルメク」2011年8月号を再掲載しています。


末盛千枝子さんの展覧会が開催されます

さまざまな人々との出会いと協働によって生みだした珠玉の絵本の原画や資料とともに、末盛さんを育んだ舟越家の人々――彫刻家の父・舟越保武、弟・舟越桂、舟越直木、そして自らの文才を捨てて彫刻家の妻として生きた母・道子の作品を展覧。末盛さんの人生と仕事の全容に光を当てた展示会です。
「3.11絵本プロジェクト」の活動の全容も、写真、IBBYロンドン大会でのスピーチ映像、国内外から寄せられたメッセージ等を通して紹介します。

会期:2023年4月15日(土)- 6月25日(日)
会場:市原湖畔美術館
〒290-0554 千葉県市原市不入75-1
https://lsm-ichihara.jp/exhibition/chieko_suemori_and_funakoshi_family/


「苦難を受け入れ今を生きる」気付きがここに

東日本大震災から12年。忘れてほしくない、編集部員が取材してきた「人」と「希望」の記録。
2011年:釜石:自分の今いる場所で、前に進む力を取り戻したい
2011年:親を失った被災地の子どもたちに届け!絵本と想う心
2011年:写真の力:何があっても大丈夫。いつか、そう思える時がくるから
2012年:旅館再開。海鮮漬け復活。奥さんパワーで地元を元気に(3下旬公開予定)
2013年:福島から今、伝えたいこと――原発事故後も暮らし続けて
2018年:7年経っても消えない思い、新たに生まれた出会い(3月下旬公開予定)
2019年:8年越しの夢。人と夢と故郷をつなぐ、三陸・喜びの一本道
2021年:希望の詩「開き直って、もう一度、生きてみるすか」

東日本大震災体験談と役立つ防災情報まとめ

大地震や、台風による水害といった災害が起きたとき、自分と大切な人の命を守るために――。地震や豪雨に被災した女性たちが考える、本当に必要だった災害への備えと防災の知恵を集めました。

東日本大震災 取材

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