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認知症と子ども、一見遠いようですが取り組み次第で関係性も変わってきます。福岡県大牟田市を、認知症になっても安心して暮らせる街にするために活動している大谷るみ子さん。小中学生を対象に、絵本を通して認知症について考える取り組みを行っています。
大谷るみこ(おおたに・るみこ)さんプロフィール
1957(昭和32)年生まれ。社会福祉法人東翔会グループホームふぁみりえホーム長。90年医療法人東翔会東原整形外科病院看護部長就任を機に、高齢者医療に携わる。96年より毎年デンマークへ福祉研修に赴き、福祉のあり方を学ぶ。2001年より現グループホームのホーム長になるとともに、認知症ケア研究会を発足。大牟田市と協働して人材育成、地域づくりに取り組んでいる。
「絵本」を通して認知症の理解を深める
※このインタビューは2021年1月に行いました。
私は自分の住む福岡県大牟田(おおむた)市を、認知症になっても安心して暮らせる街にしたいと思い、さまざまな活動をしてきました。
認知症の人が行方不明になった想定で、住民が地域ネットワークを活用して捜索に協力する「認知症SOSネットワーク模擬訓練」の取り組みは2003年から始めました。今では全国各地で行われ、認知症に対する理解も広がってきています。
しかし、人も世の風潮も時とともに変わるもの。街づくりにゴールはありません。
模擬訓練に参加してくださる方の中には、認知症の方への支援の重要性をよく理解している一方で、「もし自分が認知症になったらそっとしておいてほしい」とおっしゃる方もいます。
もしかしたら、模擬訓練によって、周囲は必ず見守らないといけないと思い過ぎていたり、当事者が窮屈に感じているのではないか。認知症当事者と地域住民の関係性を水平にするために始めたはずの模擬訓練が、意図せぬ格差を生んでいるかもしれないという問題意識を、今抱えています。
今後どうするか考えている真っただ中で、大きな力を発揮してくれているのが、地域の子どもたちです。
模擬訓練と並行してもう一つ、地域の小中学生を対象に行う「絵本教室」という取り組みを私たちは続けてきました。これは認知症当事者の思いをテーマにした絵本を子どもたちに読んで感想を書いてもらい、さらにグループになって病気や当事者の気持ちについて感じたことや自分たちにできることなどを話し合って、発表するというものです。
認知症を正しく理解するには、病気や症状の知識だけでなく、人間が生きていく上で大切な「愛情」や「感謝」「尊敬」「平等」「共生」の意味を考えることも不可欠です。
絵本教室が子どもたちにとってその機会となり、未来の街をつくる子どもたちの原体験になればと思い、私たちはこの取り組みを大切にしてきました。
2021年度はコロナ禍の影響で思うように実践できませんでしたが、毎年、地元の小中学校を15~20校まわり、これまで2万人くらいの子どもたちが取り組み、認知症について学んでもらっています。
子どもたちの純粋で率直な考えが大人の心をリセット
課題図書の絵本『いつだって心は生きている』(中央法規出版刊)は、実は私たち(認知症ライフサポート研究会)が地域の子どもたちと一緒に作ったものです。絵本には3つの物語があり、それぞれにモデルにした認知症当事者の方がいます。
研修でデンマークを訪れた際、認知症になったおじいさんとお孫さんの物語を描いた絵本を紹介してもらったのを機に、いつか子どもも読める絵本を作って、子どもと大人が語り合う機会を作れたらと思っていました。
創作意欲が掻き立てられたのは、私が勤めるグループホームに入居してきた岩花さんという男性とその孫のさあやさんのエピソードを聞いたときです。
岩花さんはかつて小学校の校長先生をされていた方でした。認知症を患ってからは散歩に出たまま行方不明になることがよくあり、丸一日行方不明になったり、あるときは鹿児島県で保護されたりして、街ではちょっとした有名人でした。
あるとき、3日間も行方不明になり、家族はもう命はないかもしれないと半分あきらめかけた頃に、ひょっこり帰ってきたのだそうです。
帰宅した岩花さんの足はマメだらけ、泥だらけ。当時小学3年生だったさあやさんが「じいちゃん、どこいっとったと?」と聞くと、岩花さんは笑顔で「楽しかったばい」と答えたそうです。
その笑顔が素敵だったのでしょう。さあやさんは「うちのじいちゃんは昔から放浪癖があったから、どこかの街を冒険していたのかなって思ったんだ」と、私に話してくれました。
なんと純粋で前向きな発想なのでしょう。認知症という病のイメージに捉われ過ぎている大人には決して思い浮かばない、認知症を特別なものとしない感覚。
子どもならではの感性に触れ、子どもたちがそういう気持ちでいたら周囲の大人たちの認知症に対する感覚も変わるかもしれない……と思い、それが絵本を作る原動力になりました。
子どもも読める絵本を通して子どもと大人が語り合う
絵本教室を行うたびに感じるのは、子どもたちの意見はとても素直で率直だということです。
「認知症の人が差別されるなんておかしい」「認知症になっても自分の好きなことを続けてほしい」「どんどん忘れてしまうなら、僕たちが新しい思い出をどんどん増やしてあげたい」など、やさしい言葉をたくさん言ってくれます。
もちろん中にはネガティブなことを言う子もいますが、それでいいのです。私が絵本教室で大切にしているのは、子どもたちの意見を何もつまないこと。どんな意見も否定は一切しません。
例えば「自分なら死にたい」という子がいたら、「そうか、そう思うよね。だったらこのおばあさんもきっと、死んだ方がましだと思うくらい、きついと思っているかもしれないね」と言葉を返すと、子ども自身がまた考えてくれます。
絵本教室の後には、子どもたちは子どもたちなりに自分のできることを考え、実践してくれます。
家族に勉強した内容を伝え、「おじいさんをもっと大事にしようと思ったよ」と話したり、道に迷われている方を実際に助けてくれたり。こうした子どもたちの真っすぐな思いと行動は、大人の凝り固まった心をリセットしてくれます。
絵本教室を行う上で大切なのは、認知症に対する大人の姿勢です。子どもたちの純粋な目と鋭い感性は、大人の態度や言葉から真意を見抜きます。裏表のない真摯な姿勢や伝え方の一つ一つが、原体験として子どもたちの記憶に刻まれていきます。
「どんな意見も否定しない」自由な発想から生まれる発見
発達障害のある子も一緒に学んでいるという中学校で絵本教室を行ったことがありました。障害のある子がいるグループには私が交ざり、意見交換を始めます。
まずは私から絵本の感想を聞くと、その子は「ダンゴムシ!ダンゴムシ!」と言いました。グループ内の他の子どもたちは特に表情も変えず、普通に聞いています。
彼のダンゴムシという感想を素直に受け止め、むしろ彼らは、私が彼の感想をどう受け止めるのかを気にしているのです。もしこのとき、私が言葉に出さずとも態度で彼の意見を排除していたら、グループの子どもたちはきっと私と向き合ってくれなくなっていたでしょう。
「ほう、ダンゴムシ?面白いね。ダンゴムシってどんな形をしているんだっけ?」と私が言うと、グループのみんなが体を丸めてダンゴムシの形に。「そうか、認知症になってどうしていいかわからなくなってしまう気持ちを例えると、ダンゴムシのような感じかもしれないね」と盛り上がりました。
子どもたちにとって原体験が将来に影響を与えます。私たちとつながった子どもたちの中には、医者や看護師、介護士になりたいという子もいて、実際になった子もいます。
大牟田はもともと炭鉱の街。旧産炭地で高齢化が進んでいて元気のない街でした。それが認知症になっても安心して暮らせる街にしたいという思いを胸に、大人たちが楽しそうに取り組み、ときに海外に行き、外国からもお客さんが来るようになって、「大牟田って素敵な街なんだ」と子どもたちが感じてくれていたらうれしいですね。
そう感じてくれたなら、大人になったときに大牟田に戻ってきて、街づくりを発展させてくれるはずです。だから今の自分にできることをできる範囲で続けていこう、そう思っています。
ーー大谷さんは、さまざまな取り組みが実を結び、ケアに対する理解が深まる一方で、今後、多くの人が認知症を自分事として考えることが課題と語ります。次回(最終回)は、大谷さんが考える、自分事としての認知症について伺います。
取材・文=大門恵子(ハルメク編集部)
※この記事は「ハルメク」2021年4月号掲載「こころのはなし」を再編集しています。
【音声番組】認知症と生きる
記事と同じ内容のお話を声優・上田真紗子(うえだ・まさこ)さんの朗読で聞くことができます。全3回の音声番組もあわせてお楽しみください。
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【第1回目】「徘徊」から「散歩」へ考え方の変換でポジティブに
【第2回目】子どもの純粋な発想が認知症患者ケアのヒントに
【第3回目】自分事としての認知症。認知症は不便だが不幸ではない
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