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誰もが患う可能性がある認知症。認知症に対して、大きな偏見があった1990年代から先駆的な取り組みをし続けている認知症介護士の大谷るみ子さんに、「認知症とともに生きる」をテーマに全3回で伺います。1回目は「尊厳を守る」ことについてです。
大谷るみ子(おおたに・るみこ)さんプロフィール
1957(昭和32)年生まれ。社会福祉法人東翔会グループホームふぁみりえホーム長。90年医療法人東翔会東原整形外科病院看護部長に就任を機に、高齢者医療に携わる。96年より毎年デンマークへ福祉研修に赴き、福祉のあり方を学ぶ。2001年より現グループホームのホーム長になるとともに、認知症ケア研究会を発足。大牟田(おおむたし)市と協働して人材育成、地域づくりに取り組んでいる。
身体拘束が当たり前だった認知症高齢者、対応に憤り
※このインタビューは2021年1月に行いました。
私は、福岡県大牟田(おおむた)市にある介護施設「グループホームふぁみりえ」でホーム長をしています。グループホームは、医師から「認知症」の診断と、要支援2または要介護1以上の認定を受けている65歳以上の方が入居できる施設です。
住み慣れた家を離れても、その人らしく安心して暮らせるように、必要な支援をしていくことが私たちの仕事です。入居している方々は、職員のサポートを受けて炊事や洗濯など家事全般を行いながら、少人数で家庭のような環境の中で共同生活をしています。
私はもとは看護師で、以前は整形外科病院で看護部長をしていました。1990年代、当時は認知症高齢者の寝たきりが社会問題となりつつありましたが、多くの病院や施設では身体拘束が当たり前になっており、そこに疑問と憤りを感じていました。
リハビリの視点を重視し、個々のパーソナリティを尊重したケアをしたいという思いはあるのに、ノウハウがないためにできない……。理想と現実のギャップに苦しむ中で知ったのが、デンマークの福祉の思想「ノーマライゼーション」です。
ノーマライゼーションとは、障害がある人の生活条件を、障害のない人と可能な限り同じにするという考え方で、50年代にデンマークのバンク・ミケルセンが提唱しました。
実践には、介護者は当事者の自己決定を尊重し、習慣を理解して継続することを支え、その人が持っている力を使って生きるサポートをしていくことが重要と説きます。
2001年に、現グループホームが開設した際、私はノーマライゼーションを認知症ケアに当てはめ、安心してその人らしく暮らせる支援を実現したいと考えました。
そこでデンマークで認知症コーディネーターとして活躍するミエアム・ゲーテさんを招き、3か月間ホームで共に過ごし、認知症ケアのあり方を実践の中で学びました。
ミエアムさんは英語で話し、入居者は大牟田弁で話しますが、不思議と通じ合っていました。そんな彼女の存在感や入居者との関わり方、問題が発生したときの捉え方など、すべてを吸収したくて、ケアの合間に毎日ミーティングを重ね、理解を深めていきました。
人生のリュックサックと「あなたはとても大切な人」の中身を知ることから始まる
開設当初に入居されていた女性で、毎日外に出ては休むことなく歩き回る女性がいました。
どう対応すべきかみんなで話し合ったとき、ミエアムさんが「この女性は昔何をしていたのかしら?どんなときに休憩したりお茶を飲んだりし、どんなふうに暮らしていたのかしら?」と、女性の人生史に目を向けた問いを私たちに投げかけてきたのです。
女性は、家が貧しく必死に働いて一家を支えてきた方でした。畑仕事が主で、毎日、休む暇もなく一生懸命働いてきた……。
改めて女性が歩んできた人生に思いを馳せ、毎日庭に出て歩き回るのは、その頃の仕事をしている感覚ではないかと考えました。そして畑仕事の合間に、木陰に置いたやかんからお茶を飲み飲み仕事をしていたかもしれないと想像し、庭のベンチにお茶を淹れたやかんと湯飲みを置いてみました。
すると、3回に1回くらいはお茶を飲むようになったのです。
そしてミエアムさんはこう言いました。「このグループホームに来られる方はみな、人生のリュックサックを背負って来るの。ここで安心して暮らしてもらうためには、私たちはそのリュックサックの中身を一つずつ知ることから始まるのよ」と。
認知症ケアの根本は人間観から始まります。人は誰もが価値のある存在です。認知症の方と向き合うとき、「あなたはとても大切な人」という思いをいつも胸に、接しています。
その上で、その方の背景にある人生を理解していくことで、その方の尊厳を守ることができるようになるのだと思っています。
街ぐるみで取り組む「安心して外出できるまち」へ
尊厳を守る真の介護を学ぶにつれ、大牟田市内で認知症ケアに困っている人がいるなら知らせたいと考えるようになり、認知症について学ぶ会を催しました。
介護保険が始まったばかりの当時は、まだ認知症患者に対する社会や地域の偏見は非常に強く、家庭における介護負担も重く、患者の問題行動と呼ばれる行為に誰もが翻弄されていた時代。
勉強会には100名以上が集まってくださり、役所の方も来てくれました。これを機に2001年11月に認知症ケア研究会を発足し、街ぐるみで認知症への誤解や偏見をなくしていく取り組みとして、大牟田市では04年から「認知症SOS模擬訓練」を始めました。
この訓練は、認知症の人が行方不明になった想定で行方不明役の人が地域を歩き、連絡を受けた地域ネットワークが捜索に協力するというもの。訓練を通して、地域の人が認知症を理解し、受け止め、共感してもらうことで、安心して暮らせる街づくりを目指します。
実は、当初の訓練名は「徘徊SOS模擬訓練」、スローガンは「安心して徘徊できるまち」でした。しかし15年以降、大牟田市では「徘徊」という言葉を使うことをやめました。現在は「安心して外出できるまち」をスローガンに、変わらず取り組みを続けています。名称変更するきっかけになったのは当事者の声でした。
活動が広がり、当事者主体の取り組みが増えていた頃、一人の認知症の方から「なんで徘徊と言うの?俺たちは徘徊していないよ。徘徊は、あてもなくさまよい歩くことやろ?でも俺たちには、あてはあったんよ。ただ、それがどこだったか忘れただけ」と言われたことがありました。
同じ頃、JR東海の駅の構内で認知症を患う91歳の男性が列車にはねられて亡くなる事故が起きました。第一審では家族に損害賠償を全額求める判決、第二審では賠償責任を半々にする判決が下りたことで世の中の認識は一転。徘徊に関する出来事がネガティブに取り上げられるようになっていきました。
「徘徊」ではなく「散歩」と言い換えポジティブな印象に
大牟田市は、「徘徊」をポジティブに捉えたユニークなスローガンを打ち出して有名になっていたので、名称変更は住民の取り組みに対する意識を下げる可能性もありました。そこで大牟田市は、21ある小学校区の代表者を全員集め、市の考えや当事者団体の声を伝える場を設けたのです。
当初は反対の声が多くあがりましたが、議論を重ねるにつれ、ある校区の代表から「当事者の目前で使いづらい言葉を使い続けるべきではない」という意見が出てきました。
その校区にはよく行方不明になるという有名な女性がいて、地域みんなで見守っていました。見守りの様子をテレビで紹介することになり、民生委員が本人に「あんたが徘徊しよるところを撮らせてもらってもよかろうか」と聞くはずのところ、本人を目前にしたら「徘徊」と言えず、「散歩」と言い換えたそうです。
当事者の声を尊重する……それが大牟田市民の共通認識と確認でき、満場一致で徘徊という言葉を使わないことが決まりました。
改めて振り返ると、この議論は大牟田市民にとって、とても重要だったと感じます。「認知症になっても安心して外出できるまち」は、住民間の意識共有の積み重ねによってつくられるからです。こうした地道な取り組みは今も続けています。
次回はもう一つの取り組み、子どもたちとともに行っている絵本教室についてお伝えしたいと思います。
取材・文=大門恵子(ハルメク編集部)
※この記事は「ハルメク」2021年3月号掲載「こころのはなし」を再編集しています。
【音声番組】認知症と生きる
記事と同じ内容のお話を声優・上田真紗子(うえだ・まさこ)さんの朗読で聞くことができます。全3回の音声番組もあわせてお楽しみください。
「もの忘れ・認知症予防の新習慣」特集を見る
■認知症介護支援の第一人者が考えるケア方法■
【第1回目】「徘徊」から「散歩」へ考え方の変換でポジティブに
【第2回目】子どもの純粋な発想が認知症患者ケアのヒントに
【第3回目】自分事としての認知症。認知症は不便だが不幸ではない
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