認知症の家族との接し方。介護ではなく「楽しむ日々」

2024年08月22日

介護…制度…お金…知っておきたい認知症のこと#2

認知症の家族との接し方。介護ではなく「楽しむ日々」

認知症治療の第一人者で自らも認知症であることを公表していた、長谷川和夫さん。長谷川さんの長女で最期まで長谷川さんに寄り添い続けた南高まりさんに、長谷川さんの姿から、認知症を患う人の本音と、家族はどう接していけばいいのか、について伺います。

南高まり(みなみたか・まり)さんプロフィール

精神保健福祉士。1962(昭和37)年東京生まれ。国立音楽大学卒。日本社会事業大学で学び、精神科クリニック勤務を経て、精神障がい者ケアに携わる。日本ユマニチュード学会の施設認証準備委員会委員。
※「高」ははしご高

父の認知症発症はごく自然に受け入れられました

父の認知症発症はごく自然に受け入れられました

※このインタビューは2022年2月に行いました。

まだ認知症が「痴呆症」と呼ばれていた1970年代、聖マリアンナ医科大学の教授だった長谷川和夫(はせがわ・かずお)さんは世界に先駆けて、認知症かどうかを診断する判断基準となる「長谷川式認知症スケール」を開発。

以後、認知症医療をけん引してきました。80代になっても診療、講演会など多忙な日々でしたが、86歳を迎える頃から、めまいの症状や電車の乗り場を間違えるなどの異変が起き始めました。

この頃の父の日記に、講演会で話しているときに何を話すべきかわからなくなってしまった、と書かれていました。駅で迷う不安や、それでもがんばらねばと自分を鞭打つような言葉もあちこちに見られました。

父が一番苦しかった時期ではないかと思います。精神科医の弟(和夫さんの長男・洋〈ひろし〉さん)に相談して、アルツハイマー型の適応薬アリセプトを服用し始めたのもこの頃でした。

父が認知症らしいということを私たち家族はごく自然な気持ちで「高齢だからね」と受け入れましたが、周囲の方たちからは、“長谷川和夫”の功績や威厳を傷つけないためにも、講演会のような社会活動はやめられては……と、ほのめかされたこともありました。私は驚き考え込みましたが、母は「仕事を辞めるかどうかは和夫が決めること」ときっぱり。

2017年10月9日、川崎で行われた講演会で、父は認知症であることを公表しました。その後、もう一度検査を受け、嗜銀顆粒性認知症(しぎんかりゅうせいにんちしょう※)との診断が。
※発症時期はアルツハイマー型認知症より遅く比較的ゆっくり進行するといわれます

認知症の父と過ごした楽しい経験はお互いに心に残る

認知症の父と過ごした楽しい経験はお互いに心に残る

父は以前、聖マリアンナ医科大学の上司から、「君も認知症になったら本物の研究家だね」と言われていたそうです。医師として自分自身を研究し、その状態を世の中に知らせ、認知症の人とのよりよい関わり方を自ら発信していくことが使命なんだ、と話していました。

その言葉を聞いていたから、多くのメディアが取材に来るようになっても、私たちは積極的に父を応援できたのです。

私の場合、ここ数年の週に1度の実家への訪問は、介護というより、父の講演会や取材に同席したり、映画を見に行ったり、喫茶店に行ったり。「父と一緒に何かを楽しむ日」でした。

ある取材で、「まりさんは、よく認知症のお父さんと映画に行けますね。怖くないですか?」と言われたことがあります。世間の認知症への認識はこういうものか、と愕然としましたが、介護保険も治療薬もなかったひと昔前の認知症の介護は、今よりずっと大変でしたし、社会の偏見も強かったでしょう。

だからこそ、父がやろうとしていることは、現代の認知症を世に知らしめる、本当に意義のあることだったのです。

もちろん取材で同じことを何度も話したり、登壇する予定のない講演会で突然、発言したり……ヒヤリとさせられることもしばしば。

トイレ問題にも悩まされました。失敗しないように、声掛けやトイレの場所の確認などが必要でした。でも一緒に見た映画、美術館、コンサートなどはどれも忘れられない楽しい経験です。その「楽しかった」という思いが互いに残ることが大事なのだと思います。

有料老人ホームに入居してからの1年半

コロナ禍でもあり、最後の1年半は両親共に有料老人ホームに入居しました。慣れない環境になったせいか、父は「人との関わり方がうまくいかないときがある」と言っていました。知らない人から次々に指示されると、自分が介護される側だと自覚させられ、叱られているような気持ちになる、と。そういうとき、ワーッと大声を出したことがあったらしいのです。

母は「恥ずかしかったわ」と報告してくるのですが、父は「そんなことしてないよ」とぶつぶつ。でも後から父は言うのです。「大声を出したりして反省してる。『僕は、長谷川和夫なんだぞ、認知症専門医なんだぞ、しっかりしろ!』と自分に言い聞かせるんだよ」

一方で、「人との関わりに奥行きが出て、うまく会話できるときもあるんだ」とも言うのです。

有料老人ホームに入居してからの1年半
長年行きつけの理髪店トリム。家族に見せるのとはまた違う笑顔

信頼し合っている家族やよく行く喫茶店のマスター、理髪店の方と同じように、普通に会話ができるときもある。「上からでもない、下からでもない、そういう水平の関係がいいね、友達みたいなね」と父はよく言っていました。うまくいくとき、いかないとき、いろいろあるということを父は日々実感し、最後まで理解していたのだと思います。

取材に同席しているときなど、また同じことを繰り返し話してるな、と思うことがありました。晩年、父に「そういうときは注意した方がいいの?」と聞いたことがあります。すると父はうなずいて、取材している人が困っているなら言ってくれた方がいい、と。

でも普通の生活上の何でもないことを繰り返し話していたとしても、「さっきも聞いたよ」とは言わないでほしい。そう言われると傷つく、と。「『桜の花がキレイだったね』ということは繰り返し言ったっていいでしょ」

美しいものに感動する心は変わらない。以前と同じ父がそこにいました。

有料老人ホームに入居してからの1年半
2020年4月、自宅近くの近所の公園でお花見。穏やかな日々でした

亡くなる1週間前のことです。父は体調を崩して入院していました。病室での面会は限られた時間に一人ずつ。私は、父の正面に回って、思わず「楽しかったねー」と言って抱きしめたんです。父は三日月形の目をキラキラさせてニコニコ、うなずいてくれました。たぶん父にもわかっていたのだと思います。

この先何年、介護生活が続くだろうと不安な方や、思うような介護ができないと悩む方もいらっしゃると思います。私も将来を心配したこともありましたが、結局、10年先のことを心配していると、今現在が不安定になってしまいます。

それなら、今楽しめることを一緒にする。近所を散歩するだけでもいい。そのとき「楽しかったね」と言い合えることがあると、その後自分が生きていくためにも、すごく支えになります。

父はよく「認知症になっても心は豊かに生きています」とみなさんに発信していました。その父の思いがみなさまに届くことを願っています。

有料老人ホームに入居してからの1年半
長谷川さん直筆の色紙。「恵存(けいぞん)」は「どうかお手元にお置きください」という意味

南高さんが介護のときに心掛けていたこと

南髙さんが介護のときに心掛けていたこと
2021年9月、老人ホームにて

心掛け1:正面から向かい合って、目を見て話す

横から話し掛けたり、顔を見ないで話しても、言葉が心に届かないですよね。でもこれは普段、誰とお話しするときでも同じなんだと思います

心掛け2:今楽しめることを、一緒にする

たとえば近所を散歩するなど、特別なことでなくてもいいので一緒に何か楽しむ。心に残る宝物になります

心掛け3:地域の交流を大事にする

珈琲屋さんや床屋さん、そうした自宅以外で落ち着ける場所は大事です。父にとって刺激にも安らぎにもなっていました

長谷川和夫さんの仕事と生き抜いた足跡

長谷川和夫(はせがわ・かずお)さんプロフィール

長谷川和夫さんの仕事と生き抜いた足跡
1980年代、認知症医療の第一人者として世界中を飛び回っていた頃の長谷川和夫さん

1929(昭和4)年愛知県生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長。聖マリアンナ医科大学名誉教授。74年「長谷川式簡易知能評価スケール」(91年改訂)を開発、2004年「痴呆症」から「認知症」への名称変更にも尽力。患者さんその人を中心とした「パーソンセンタードケア」を理念に掲げ、認知症医療とケアの進化に多大な功績を残しました。17年に自身が認知症であることを公表。21年11月逝去。享年92。

長谷川和夫さんの発症からのこと

2015年あたり
心身の変調を自覚。講演会で何を話すべきかわからなくなる経験をする。

2017年6月
道に迷い転倒し、右腕を粉砕骨折。長男で精神科医の洋さんに相談し、アルツハイマー型認知症の適応薬アリセプトを服用し始める。

2017年10月
講演会で、自分が認知症であることを語る。その後、嗜銀顆粒性認知症※と診断される。

2018~20年
新聞、雑誌、テレビの取材を受けたり講演活動を行う。20年1月にはNHKスペシャルで約1年半の記録が放送される。

2020年9月
妻の瑞子さんと有料老人ホームに入居。

2021年11月13日
逝去

2015年頃の日記

2015年頃の日記

(前略)講演として約1時間くらい話した。ところが自分が何を話すべきかときどき分からなくなった。3回位おきる。何とかゴマかしゴマかして終わった。(後略)

この頃の日記には心身の変調への不安感がつづられているそうです。

取材・文=岡島文乃(編集部) 撮影=中川まり子 写真提供=南高まり
※この記事は雑誌「ハルメク」2022年4号を再編集し、掲載しています。


【音声番組】大谷るみ子さん「認知症と生きる」

認知症に対して、大きな偏見があった1990代から、さまざまな取り組みをし続けている認知症介護士の大谷るみ子さんに、「認知症とともに生きる」をテーマにお話を伺いました(全3回)。(朗読:上田真紗子)

>>【音声番組】認知症と生きるを聞く

南高さんの書籍をチェック

『父と娘の認知症日記』

『父と娘の認知症日記』
長谷川和夫・南高まり著/中央法規出版刊/1430円(税込)

長谷川和夫さんの日記の抜粋とまりさんが撮影した写真や文章で構成されています。温かな家族の物語の中に、今介護中の方のヒントになることが描かれています。

■続きを読む■

  1. 認知症の母と暮らす~母は母であり続けるということ
  2. 認知症の家族との接し方。介護ではなく「楽しむ日々」
  3. もしかして認知症?受診の目安と早めの受診が重要な訳
  4. 家族が認知症になったら…介護とお金の不安を解消!
雑誌「ハルメク」
雑誌「ハルメク」

女性誌売り上げNo.1の生活実用情報誌。前向きに明るく生きるために、本当に価値ある情報をお届けします。健康、料理、おしゃれ、お金、著名人のインタビューなど幅広い情報が満載。人気連載の「きくち体操」「きものリフォーム」も。年間定期購読誌で、自宅に直接配送します。雑誌ハルメクサイトはこちら

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