夫との結婚が転機でした

12回の転勤人生(6)福岡市 編入試験ドタバタ劇

のりたの母

北は福島県、南は福岡県まで。夫の転勤に伴って各地へお引っ越し。その回数はなんと12回! 各地での思い出や、遭遇したエピソード、今も続く仲間との出会いなどを振り返ります。今回は福岡県福岡市でのお話です。

福岡市
福岡市
【目次】
  1. 竹で日を遮られた社宅
  2. 長女の編入試験 ドタバタ劇
  3. 知らない道をヒールでひたすら歩く
  4. 荷物を間違える

竹で日を遮られた社宅

福岡市沖合の志賀島(しかのしま)から漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)が見つかりました。漢と交易することにより物や人の行き来もあったと思いますが、手漕ぎの船で波荒い日本海を渡ってくるのは命がけのことだったでしょう。現在の東京は首都として発展し賑わっていますが、古くは大陸に近い福岡が繁栄していたのではないでしょうか?

社宅は細長い敷地に2軒建っており奥には孟宗竹の藪がありました。竹は、成長のピーク時には毎日1メートル以上伸びるそうですから、見る見るうちに大きくなります。日光を遮るので家の中は薄暗く、ジメジメしていました。

布団にもカメラレンズにもカビが生えてしまい、使えないので処分するはめになりました。やはり太陽光には殺菌作用があるのですね。光と風は家の大切な快適条件です。住環境は悪かったのですが、福岡天神や博多に近かったので出かける楽しみはありました。西日本一の繁華街です。夕方からは屋台が並び仕事帰りの人が疲れをいやしていました。観光客にも人気で、お気に入りの屋台がある人もいるそうです。

長女の編入試験 ドタバタ劇

福岡市に住んでいた時、長男は大学生、長女は推薦で私立高校へ進学して勉学に励んでいました。そんな状況の中、2月末に福岡市から愛媛県新居浜市(にいはまし)への転勤辞令が出ました。

長男は福岡市に一人残り下宿することに決めましたが、困ったのは長女の学校です。「大学生になったら自立するも。それまでは家族が一緒に住む」が、我が家では自然でしたから、夫の単身赴任は考えませんでした。長女もその選択肢が普通と認識していたのでしょう。納得して新居浜市の高校へ編入試験を受けに行く道を選びました。

知らない道をヒールでひたすら歩く

引っ越し準備で多忙な中、母子二人で新居浜市の高校受験に出かけました。携帯電話もない時でした。タクシーも通らない見知らぬ道を、スーツ姿でヒールのある靴を履き歩いたあの日のことは、まざまざと思い出ことができます。

編入試験の結果は、新居浜市に転勤後に判明とのことでした。不合格の場合は福岡へ長女を下宿させることにして発表を待ちました。その間、長女の段ボールは送り返すことも考えて開けないでおき、福岡市の高校の先生には「万一の場合は戻ってくるので受け入れをお願いします」と頼んでおきました。

幸い編入試験は合格しましたが、長女には大変な思いをさせてしまいました。辞令が出てからはいつもの荷造り、障子の張替え、掃除、近所への挨拶のほかに、長女の転校問題。今回は疲れる転勤でした。転勤人生の中で一番印象深い出来事になったといえば、この編入試験のバタバタですね。
 

※イメージ

 

荷物を間違える

こんな失敗をしました。トラックで移動の際、社宅備品の風呂のふたを我が家の荷物と一緒に連れてきてしまったのです。次の赴任地 新居浜市に着いて気が付き、すぐに後任の入居者に電話でお詫びして送り返しました。

こんなに大変な引っ越しをよくこなしてきました。40代前半で体力があったのだと思います。福岡県での生活を終えて、今度は愛媛県新居浜市(にいはまし)で新生活が始まります。

のりたの母

大阪府 /71歳
大阪府 /71歳

倉敷市生まれ。23歳で結婚し夫の転勤に伴い、引っ越すこと12回! 住まいを転々とする中でも、習い事をしながら趣味を広げました。そして、かけがえのない友にも出会うのです。 転勤順に思い出をたどってみます。

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