つらい時こそあえてポジティブに

ポジティブ教の教祖って?

公開日:2021/09/09

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乳がんサバイバーのあ・らかんです。これまで50代での大学入学、国家試験、闘病生活、DVからの離婚、私の夏の過ごし方などについて、お話しさせていただきました。

ポジティブ教の教祖って?
この子らの幸せを願う

つらい時こそあえてポジティブに

今回はそもそも、なぜ前向きなのか、私のポジティブはどこから湧いてくるのか、また「幸せになるために私が実行していること」をお伝えしたいと思います。

幼少期から今日まで、つらいことをたくさん経験し、早い時期から見なくてもいい大人の世界を見せられて育ちました。今思えば、こましゃくれたかわいげのない子どもだったのでしょう。周りの大人たちが私に対して、他の姉妹やいとこたちと違う扱いをしていると敏感に察知し、嫌な気持ちで過ごすことが多かったと思います。

それは学齢期でも同じでした。同級生が幼く見え、醒めていた記憶があります。それがもとでいじめを受けた経験も……。そんな時にいつも心の中で「必ず幸せになる。絶対に負けない」と思い続けてきたことが、つらい時こそあえてポジティブに考える習慣に変わっていったのかもしれません。

息子はポジティブ教の教祖?

息子はポジティブ教の教祖?
小さなラッキィ。ファーストフード店であたりくじを引きました

周りに望まれて誕生した息子は、多くの愛情を注がれ、いつもにこにこと自己肯定感いっぱいに育ちました。何かにつれ「ラッキィ」と言う息子は、ツキがツキを呼んでいると感じる事象が多くて驚きます。周りからよく「持ってる」と言われていますが、持ち続けるために見えないところで努力をしているのであろうとも感じています。

「ラッキィ」と口にする、「ついてるついてる」と思うことで、本当についてくると息子は言います。息子は、私にとってのポジティブ教の教祖(笑)といった存在です。同じように娘も、「周りへの気配りや感謝と物事を前向きに受け止めるようにし、ついてるついてると思うと何だかついてくるよ」と断言しています。

私は「ついてるついてる」と思うことの大切さを、子どもたちの姿から日々学んでいます。子どもたちが成長し、周りから肯定されることで、この子らを育てたのは私であるという自己満足感を得て、ポジティブの元になる自己肯定感を形成しているようにも思います。

また、ひとり立ちした子どもたちを誇りに思い、この子たちの母親で「ラッキイ」と思っています。このあたりが私をポジティブにする原動力であろうと感じます。

幸せになるために私が実行していること

幸せになるために私が実行していること

一つめは、その日の終わりにキッチンの流しにコップひとつ残さないことを実行しています。小さなことですが、これはもう40年以上続けていることです。1日の始まりを前日の後始末から始めないための習慣です。

二つめは、子どもたちを見習って「ついてる」と思うこと、口に出すことで実際に「ツキ」を呼び寄せ、多くの幸せを手に出来るようになったことを実感しています。

三つめに、特定の宗教を持っているわけではないですから、お寺でもお宮でも教会でも手を合わせています。ただし祈る内容は、極力自分のことでなく自分以外の人のことにしています。自分のことは、自分以外の人から祈って貰えばいいと思っているからです。もちろん、祈って貰える自分であることが大切ですが、どういう訳かそのほうが願いが叶うように感じています。

そしてもう一つ、眠りにつく前に、今日1日の感謝と子どもたちの明日の幸せを祈っています。子どもたちが幸せであることは、間接的には私の幸せですが、自分に関わるすべての人がそれぞれに幸せであることを願います。そうするとなんだかほっとして、すうっと眠りにいざなわれてくように思います。

私の実行していることは、本当に簡単なことですし、何も投資しなくても、今日からできることばかりです。大げさに言うほどのことではないと思われたでしょうが、本当は自分の中で大切にして、内緒にしておきたいことです。でも、もしよろしかったらお試しくださいね。

次回から、私の感じる幸せの形と現在進行形の終活について、少しずつお話しできればいいなと考えています。

■もっと知りたい■

あ・らかん

子どもの独立、大学入学、闘病生活など、波瀾万丈の人生ですが、残りの人生を悔いなく過ごしたいと思い、いろいろなことにチャレンジして、ポジティブに過ごしています。50代からの positive life。私のこの10年を振り返りながらお話したいです。

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