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- 漁師として生きた義兄(あに)の死を悼む
2021年1月15日の夜、夫のふるさとに住む夫の長姉(あね)から電話が入りました。それは長姉の夫の訃報でした。折も折、京都は緊急事態宣言発令中。お別れに駆けつけることも叶わず、夫と私に許されたのは義兄との思い出を語り合うことだけでした。
そこにはいつも義兄(あに)がいた
私が義兄に初めて会ったのは、結婚の挨拶のために夫の実家を訪れたときでした。長男である私の夫は、「漁師になるより、安定した仕事」という親戚中の期待を一身に背負ってふるさとを出、京都の大学に進み、京都で就職しました。そんな夫に代わって、長姉家族が、実家で暮らしてくれていたのでした。
初めて会ったとき、義兄は上半身裸のステテコ姿。私は驚きました。男兄弟3人がいる中で育った私でしたが、兄たちが上半身裸でいるのを見たことがなかったからです。
そんな姿のまま食事が始まりました。ちゃぶ台の上には、ありとあらゆる魚が、刺身で、煮付けで、塩焼きでと並びました。その魚は、義兄が早朝から沖に出て釣ってきたもの。新鮮この上ないおいしさでした。その後も訪れる度に、季節の魚が食卓に並びました。私が「海鼠」(なまこ)が好きだと言えば、海鼠の酢の物が、キャンプの時に食べた「亀の手」の味が忘れられないと言えば、茹でた「亀の手」が。
私の4人の孫たちは、アメリカに暮らしながらも、年に1度のこの経験のおかげで、みんな刺身が大好きな子どもに育ちました。私の息子などは、「ここ以外の海老、蛸、烏賊(いか)は食べられない」というほどです。
船に乗せてもらえるのも大きな魅力でした。息子は、小学生の頃から舵を握らせてもらっていました。孫たちは外海でイルカに遭遇して大興奮。海の思い出の中には、いつも義兄がいるのです。
家族だけではありません。ふるさとに建てた我が家のログハウスに、友人が訪れたときにも、多島美の熊野灘へと船を出してくれました。学生の漁業体験受け入れの時、時化のため市場が開かれず、学生が泊まる民宿を営んでいる夫の次姉が困っていると、時化の中でも船を出し、必ず釣果を上げて、みんなをホッとさせてくれました。
初七日にして改めて知る漁師としての歩み
初七日の日、寂しくなっているであろう義姉に、夫は電話し、これまであらたまって聞いたことがなかった義兄の漁師としての歩みを話題に、ひとしきり懐かしみました。
一本釣りの名手の息子として生まれ、高校を卒業すると同時に実家の船に乗り、一本釣りの漁師としての道を歩み始めました。しかし、それは義兄の望んだ道ではなかったのだそうです。
艀(はしけ)で通う、隣町の県立高校野球部のピッチャーだった義兄は、強くないチームの中にあっても、その実力は光っていたらしく、早稲田大学野球部にスカウトされて進学が決まっていたのだそうです。ところが、ちょうどその年の2月26日、一本釣りの名手であったお父さんが癌で亡くなってしまいました。そうしたいきさつから、進学をあきらめ、お兄さんと共に、一本釣り漁を継ぐことになったのだそうです。1965年のことです。
その後、義姉と結婚して男の子が二人生まれると、子どもの名前から一文字ずつ採って「一洋丸」と名付けた自分の船を持ち独立しました。が、それから間もない30代後半に、義兄はリンパ腫という質(タチ)の悪い癌に冒され、胃を全摘出しました。義兄と私が初めて出会ったのはちょうどその頃です。
「巨人の星」の星飛雄馬のようにかっこいい義兄でしたが、年々痩せ細っていきました。それでも、子どもたちが結婚するまではと、ハマチやふぐの養殖業に取り組んだり、鰤漁の定置網漁船に乗ったりと、漁師として働き続けました。「痛い」「しんどい」「辛い」という言葉とは無縁の義兄でした。
家族全員に見守られて、苦しまずに逝った義兄
2020年12月末、「救急車を呼んでほしい」と、初めて弱音を吐いた義兄は、もう自力で立ち上がることもできませんでした。病院まで付き添った義姉と甥に、医師は告げました。「癌は、肝臓・膵臓をも冒(おか)しつくし、もう手の施しようがない」と。「アイスクリームを食べたい」と繰り返す義兄の訴えにも、「もう好きなようにさせてあげてください」と。
義姉は、在宅医療を選択し、年が明けて、介護認定が降りるとすぐに、介護タクシーで自宅につれ戻りました。それから4日後、7歳の孫の「じいじい」という呼びかけに応えるかのように、大きく息を吸った後、家族全員が見守る中、静かに息を引き取ったのでした。享年73。
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