ハルトモライター活動が、私にもたらしてくれたもの

ライター活動を通して取り戻した英語を学び直す意欲

公開日:2021/02/02

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脳出血後遺症によって長い間水の中をフワフワと漂っている気分だった私が、書くことによって、自分を取り戻していっただけではなく、新しい趣味を始めるまでにいたった喜びと、書くことを支えてくださったハルメクWEB編集部への感謝の気持ちをつづります。

ライター活動を通して取り戻した英語を学び直す意欲

広がっていった問題意識・趣味の世界

最初の「C型肝炎闘病記」に続いて、応募メールに書いた「脳出血発症から再生まで」を、17本の記事に書きました。書き慣れて行くにつれ、書きたいことがどんどん出てくるようになり、応募メールには書いていなかった、「脳出血発症後初の船旅」のことや、「古い物を活かす」ことを通して思ったこと、考えたことについても書いてきました。

ピースボートでのオセアニア一周の旅・考えに考えた着物の活かし方
ピースボートでのオセアニア一周の旅・考えに考えた着物の活かし方

さらに、2019年2月には、「ハルメクWEB」編集部の許可を得て、記事を編集してエッセイを書き、それを、「風のメロディ~inかたたや」と言う小さな朗読会で、発表するようにもなりました。書くことと同じぐらいに朗読することも大好きなのです。

ハルトモライター活動は、私の脳出血からの再生を叶えたくれただけではなく、私の問題意識を広げ、新たな趣味をも生み出してくれたのです。読んでみたいと思っていただける記事にしたいという思いが募り、写真の加工や編集の仕方も覚えました。

無料ツールを使って画像を加工
無料ツールを使って画像を加工

ハルトモライターへの応募メール2

ライターに応募する際、2つの文章を書きました。1つは、前回書いたテーマ(4)病気についてです。そしてもう一つが、テーマ(1)趣味についてでした。

「ハマっているというよりも「止められない」という感じで、15年間続いているのが、英会話。アメリカに引っ越した娘からかかってきた「お母さん、妊娠した。出産前後手伝いに来てね」という15年前の電話がきっかけだ。初めての出産、母親が側にいることが、どれだけ心強いかは、自らの体験で実証済みだ。さて、アメリカ、ボストンで、娘の出産前後のサポートをするためには、何が必要か。

  1. 英語がしゃべれること。
  2. 左ハンドルの車で右側を走れること。
  3. 慣れない食材、台所で料理ができること。

この3つが不可欠に思えた。

2、3は、心の持ち方によるところ大。でも、1だけは、真剣な勉強が必要。娘がアメリカへ引っ越すとき、そっと置いていったままになっていたパンフレットを頼りに、英会話教室を訪ねた。

あれから15年。ボストンへ行ったとき、観光やショッピングを、娘の助けなしで楽しみたいからとか、孫を学校に迎えに行き、プレイデイトの約束もできるようになりたいからとか、孫が読む本ぐらいは一緒に楽しみたいからとか、次々に必要性が生まれ、私の英会話の学習は終わらない」
 

編集部からのアドバイスを受けて思いがけない効果が

昨年8月末書くテーマに行き詰まった時、2年5か月も前に書いたあの応募メールはなかったことになっているのではないかと思っていたのですが、編集部からちゃんと次の記事についてのアドバイスのメールが届いたのです。

(メールの内容)

  1. 英会話教室に通い始めて、最初につまずいたことそれを乗り越えた方法
  2. 英単語を覚えるには?効率のよい覚え方
  3. 発音をもっとよくしたい!どうすれば伝わるようになったか
  4. 英語ならではのフレーズの覚え方
  5. ヒアリング力をもっとアップしたい!harumatiさんが取り組んだ方法は?
  6. 練習相手をどうやって見つける?英会話教室だけだと足りない?


ある程度学習に必要な要素についてのご執筆が終わりましたら、旅先で役立った英語フレーズ解説を、1000文字程度でエピソード付きで書いていただくのも役に立つ情報を知ることができるので、 読者目線としてはうれしいです。

メールを受け取ってまず思ったこと、それは、(ワア、これは書けない!)です。何せ、いわゆる勉強というものを、まともにしてこなかった私は、2の効率よく英単語を覚えようとか、4の英語ならではのフレーズを覚えようとか、考えたこともなかったからです。

書けそうに思えたのは、1、3、5、6。取り敢えず「50代からの英会話学習」と題して、1から書き始めました。多くの英会話初心者がまずつまずくのは、相手が外国人であること。その点、娘が外国人と結婚していた私は恵まれていました。何の抵抗もなくNOVAの先生に馴染めました。

3の発音をもっとよくしたい、5のヒアリング力アップについても、娘夫婦がアメリカへ引っ越してから毎年のようにアメリカに行っていた私は、訳のわからないままに、ネイティブの発音を、シャワーのように浴び続けていたのですからラッキーでした。

さらに、ラッキーだったのは、15年以上も前のことですっかり忘れていたのですが、英語の勉強のためにと、アメリカへ行った時限定ではあるけれど、英語での日記を書き、娘に添削してもらっていたノートが残っていたのです。また古いパソコンに、ボストンに住む娘に、当時よくしていた「こんな場合英語でどう言う?」といった質問メールも残っていたのです。

という訳で、このシリーズのほとんどが、古い英語日記と、メールを編集して書いたものです。このことが、思わぬ効果を生みました。忘れていた英語をどんどん思い出し、病前ぐらい流暢に英語をしゃべれるようになりたいという気持ちが戻ってきたのです。

ハルトモ倶楽部でののライター活動が、私にもたらしてくれたものの大きさを思うとき、2年9か月という長きにわたって、プロとしての提案に私の希望をも取り入れて、度重なる校正を繰り返してくださった編集部の方々の誠実さに、あらためて感謝いたします。ありがとうございました。

 

■もっと知りたい■

harumati

定年退職・年金生活者。45歳~66歳までC型肝炎と共生。2016年奇蹟とも思える完治から1か月もせず、今度は脳出血に襲われました。1年半の闘病、リハビリ生活後、2018年、旅行・ボランティア・夏休みの娘母子とのプチ同居を3本柱にした、悠々自適のリタイア生活を取り戻すべく仕切り直して再出発しました。

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