日本科学未来館館長が「今」を語る理由 #2
全盲の館長・浅川智恵子さん「視覚障害者が自由に行動できる社会へ」
全盲の館長・浅川智恵子さん「視覚障害者が自由に行動できる社会へ」
公開日:2026年02月06日
浅川智恵子(あさかわ・ちえこ)さんのプロフィール
1958(昭和33)年大阪府生まれ。IBMフェロー(最高位の技術職)、日本科学未来館館長。82年、追手門学院大学英文科卒業。85年、日本IBM東京基礎研究所入社。2004年、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了、博士(工学)。
日本語デジタル点字システムや、視覚障害者向けの音声ブラウザ「IBMホームページ・リーダー」など、視覚障害者を支援するアクセシビリティ技術を開発し、19年には日本人女性として初めて全米発明家殿堂入りを果たす。現在は「AIスーツケース」と呼ばれる、視覚障害者のためのナビゲーションロボットの研究開発に取り組んでいる。
情報から切り離されないために、研究者として選んだ道
事故で14歳の頃に失明した私にとって、非常に大きな壁になったのが、「周囲の情報から切り離されてしまったこと」だと、前回お話ししましたね。
黒板が読めないために授業についていけず、好きな小説や漫画も読めず、友達の話題にもなかなか入れない。盲学校で点字を学んでからも、点訳された書籍が少なく、入手することも簡単ではなかったため、「知りたいことを知るのに大変な労力と時間がかかる」という制約にもどかしさを感じていました。
そんな経験から、私が研究者として掲げた目標が「視覚障害者の情報のアクセシビリティ(接しやすさ)の向上」でした。
26歳で日本アイ・ビー・エム株式会社の研究員になって初めて手掛けた「点字のデジタル化」プロジェクトも、その試みの一つです。当時、書籍の点訳は、ボランティアの方が一字ずつタイプライターを使って点字用紙に打ち込んでいました。修正やコピーができないため、一冊を点訳するのに膨大な時間がかかります。
そこで私たちは、点字をキーボードで入力しデータとして保存できるシステムを作り、さらにそれを全国の点字図書館やボランティア団体で共有できるネットワーク「てんやく広場」を構築したのです。
データ化した書籍の点訳は、点字プリンタで全国どこでも出力でき、視覚障害者が知りたい情報をタイムリーに得られるツールになりました。「てんやく広場」は現在、デジタル点字図書館「サピエ図書館」へと発展を遂げて、全国約2万人のユーザーに利用されています。
テクノロジーが「世界への窓」になった瞬間
1990年代の後半に入り、インターネットが一般に普及し始めたことで、情報のアクセシビリティは飛躍的に向上します。「すべての視覚障害者に、ウェブという新たな情報源をいかに届けるか」が、私の大きな研究テーマになりました。
そして97年に開発したのが、視覚障害者向けの音声読み上げブラウザ「ホームページ・リーダー」です。画面上の文字情報を合成音声で読み上げるシステムで、キーボード上で0から9などの数値を入力するテンキーだけを使い、簡単に操作ができる点が評価され、その後11か国語に対応しました。
驚いたのは、世界中から届いた喜びの声の数々。中でも印象的だったのは「ホームページ・リーダーは、世界に開かれた窓です」という手紙でした。
以前は叶わなかった“自分が望む情報に積極的にアクセスできる”ことの感動を、世界中の人と共有できたことは、何物にも代えがたい喜びでした。
研究と子育て。働くママの慌ただしい毎日の中で
この頃は研究者として経験を積みながら、ちょうど2人の娘の子育てにも奮闘していた時期です。
仕事のときは保育のプロの手を借りつつ、送り迎えはできるだけ自分でしようと、保育園やベビーシッターさんの家の近くに引っ越し。料理はなるべく手作りして、家族で食卓を囲む時間も大切にしました。
2001年、社内制度を利用して北海道大学大学院博士課程に入学(その後、東京大学大学院の社会人博士課程に編入)してからの3年間は特に多忙で、平日の昼間は会社で仕事をし、夜と週末は大学院での研究や課題をこなす毎日。
“三足のわらじ”の慌ただしさに家事が十分できないとき、当時中学生と小学生だった娘たちは「これじゃあ、どっちがお母さんなのかわからないね」なんて冗談を言いながら手伝ってくれました。
多忙な中でも心掛けていたのは、「家族からの電話には必ず出る」こと。そばにいられなくても、私がいつでも連絡が取れる状態であれば、子どもたちに安心してもらえるのではと考えたのです。
「お母さんみたいに忙しく働くのは嫌だな」と言っていた娘たちも、今では2人とも理系研究職の道へ進みました。寂しい思いをしつつも、私の背中を見ていてくれたのかな、とうれしく思います。
視覚障害者の“移動の自由”を叶えるAIスーツケース
長年、視覚障害者の「情報のアクセシビリティの向上」を目標に研究開発を進め、その成果も見えてきました。続いて10年ほど前からは、「移動のアクセシビリティの向上」に注力しています。
視覚障害者が公共の場を一人で移動する際は、白杖(はくじょう)や盲導犬と一緒であることが義務付けられています。すれ違う人の気配や障害物、段差などに注意しつつ、道を間違えないよう、常に気を張っていなくてはなりません。
また、周囲にどんなお店があって、どんな品物があるか……という情報も、その場で知ることはできません。
そこで、私が17年から仲間とともに開発を進めているのが、「AIスーツケース」です。これはスーツケースの形をした自律型ナビゲーションロボットで、内蔵されたコンピューターやセンサー、モーターの働きで人や障害物を避けながら、目的地まで安全にユーザーを誘導してくれます。
また、本体と連動させたスマホに「一番近くのエレベーターに行きたい」と言えば、登録した地図情報をもとに連れて行ってくれますし、「まわりに何があるか教えて」と聞けば、「カフェがあり、人で混み合っています」というふうに、音声で知らせる機能も備えています。
“少数派のための技術”ではないという確信
AIスーツケースの実用化に向けては、まだまだ課題があります。
例えば人混みの中では、センサーで安全なルートを探しきれずに立ち往生してしまうことも。また、視覚障害者をサポートするために、公共の空間でカメラやセンサーを備えたロボットが動いていることについての社会的な理解も必要です。
そうした技術面、社会面の課題を一つ一つクリアするために、今開催中(※取材当時)の大阪・関西万博で実証実験に取り組んでいます。そんな積み重ねを経て実用化が進めば、視覚障害者が季節の花々の様子を感じながら、一人で自由に散歩や街歩きを楽しめる――。そんなことが叶う未来も遠くないのです。
こうした障害者支援のための技術開発は、「限られた少数の人のためのもの」と感じる方もいるかもしれませんが、そうではありません。例えば、私たちの暮らしに欠かせない電話。グラハム・ベルがその発明に至ったきっかけは、母親が聴覚障害者だった影響で音響の研究を始めたことだといいます。
障害を意識しない“=”な関係を結んだ先を目指して
今スマホで当たり前のように使っている音声での文字入力や文字の音声出力も、元は聴覚・視覚障害者向けに開発された技術です。特に高齢化社会においては、「体の機能を補う技術開発」は今後ますます必要とされ、多くの人がその恩恵を受けることになるでしょう。
私は研究者として、また視覚障害者として、テクノロジーの可能性を誰より身近に感じてきた一人です。その上で今思うのは、人と人、あるいは人と社会とが、「より深くつながり合える」点にこそ、テクノロジーの真価があるということです。
目が見えなくても、友人と最新の小説の感想を言い合える。
自由に出掛けて会いたい人に会える。
インターネットが使えて仕事もできる――。
そうして互いに障害を意識せず“イコール”な関係を結び合えたその先に、「誰も取り残さない社会」があるのだと、私は思います。
取材・文=新井理紗(ハルメク編集部)
※この記事は、雑誌「ハルメク」2025年7月号を再編集しています。




