黒木瞳さん、60代で体と心に変化――“ここが私の居場所”と気付いた日
黒木瞳さん、60代で体と心に変化――“ここが私の居場所”と気付いた日
公開日:2026年01月05日
黒木瞳(くろき・ひとみ)さんのプロフィール

俳優。1981年に宝塚歌劇団に入団し、娘役トップスターとして活躍。退団後は、俳優として数多くのドラマや映画に出演、エッセイや詩集なども執筆している。エッセイ『母の言い訳』(集英社)では第23回日本文芸大賞エッセイ賞受賞。映画監督としても「十二単衣を着た悪魔」など4作品を世に送り出した。
2026年3月23日 (月)、・24日(火)、東京・コットンクラブで日本のタップダンス界を牽引する第一人者・玉野和紀、自由で繊細な表現力を誇るHideboHとタップダンスのステージ「TAP OF DREAMS +」を開催。
14年ぶりのディナーショー
2024年の秋に、私は14年ぶりにホテルでのディナーショーを2ステージ開催した。
オファーをいただいたときは、喜びと不安が交差した。
でも、私の中では、お客様の前でいつまで歌えるんだろう、いつまで踊れるんだろうという気持ちもあったから、これが最後かもしれない、じゃ、やっちゃえ!という勢いもあった。
私は歌手でもダンサーでもない。だからこそ、どうしたらお客様に楽しんでいただけるかということを念頭にショーの構成・演出をした。
若かりし頃なら、ある意味パワーで乗り切れる。けれど、いつ体を壊してもいつ倒れてもおかしくない年齢と向き合いながらのイベントだ。自分を過信しないことを胸に誓いながらのお稽古は始まった。
しかも、歌も初めて歌う楽曲、ダンスも初めて挑戦する難易度の高い楽曲。そういう構成にしたのは、40年来のファンの方々や、初めて私をご覧になられる方々にも楽しんでいただけるようなショーにしなきゃいけないという、自分への挑戦でもあった。
だから結局、ハードルの高い構成となってしまったのだけれど。仕事の合間にひとりで稽古する時間を持ち、それが価値あるものなのだと気づいた。
なんでかって言うと、ひとり稽古をしているときの私のモチベーションが若かりし頃とまるで変わらないのだ。
「ああ、もう、ダメ」「できない」「今日もダメ」とか言いながら、「じゃ、もう一回」とか、「次には、できる」「あ、できたかも」「いや、やっぱ、できない」とかひとりごちながら励む自分に見覚えがある。
いくつになっても、自分は自分なんだと再確認するわけだ。たとえ身体能力は落ちていても私のエンターテイナーとしての気持ちは同じなんだなと思ったら、なんでか勇気も湧いてきた。
この度のディナーショーは私は裏方もやっていたので、精神面でも相当こたえたけれど。
ステージに立った瞬間、そう、照明がついた瞬間、お客様の笑顔が見えた瞬間、お客様の希望のためにというコンセプト通り、不安はまるで感じなかった。
そして、ご覧いただく皆様の愛をひしひしと感じた。
ただ、私は、ステージに、立っていた。ここが私の居場所なんだと心底思えた。
努力に勝るものなし
2024年から私はジムデビューをした。
腹筋を鍛えたり体幹を鍛えたりと地味な運動をしていただけだ。でもそれは、日常生活において自分に自信をつけるためだった。
ちゃんと歩けるようにとか姿勢を良くするためにとか、そのようなこと。でもステージで踊っていて、自分の体の変化に気づかされた。今までなら、ダンスのこの振りでよろけてしまうだろうなとか、ここで失敗しちゃうかもなんて不安があったけれど、それが払拭されていたのだ。
「私、意外と体が言うことをきいてくれてんじゃん」みたいな、そんな気持ちにもなったことが不思議でもあった。
自分の体が思っていたより動いてくれている。稽古量ではなく、自信でもなく、体の変化だ。
日々の努力が大事と人は言うけれど、ほんとにそれが身に染みたステージでもあったことをここで記そう。
努力に勝るものはない。体は、正直だ。怠けていてはいけないことを改めて知るいい機会でもあった。
そして、ご覧くださった皆様には、感謝の気持ちを添える。あなたのためにお見せできたステージが、私にとってもとても価値あるものであったことに深謝する。
黒木瞳さん新刊『甘くない話』

感謝にあふれた出会いやご縁、本や映画の話、俳優の飾らない日常、ありのままの自分――。黒木瞳の素顔に出会える、15年ぶりのエッセイ集!




