医師・山中修さんと考える「最後の迎え方」1

更新日:2024年08月28日 公開日:2021年09月14日

医師・山中修さんと考える「最後の迎え方」1

「孤独死をさせない」ドヤ街で看取り医療を始めた理由

「孤独死をさせない」ドヤ街で看取り医療を始めた理由

日雇い労働者の“ドヤ街”と呼ばれた横浜市寿(ことぶき)地区、住民の約9割は生活保護受給者です。この地で訪問診療から看取りまで総合診療に取り組む「ポーラのクリニック」院長、山中修さん。山中さんの取り組み、その背景にある思いをお聞きしました。

山中修さんのプロフィール

山中修さん

やまなか・おさむ 1954(昭和29)年、三重県生まれ。順天堂大学医学部卒業後、同大循環器内科入局。米国クリーブランドクリニック留学を経て、90年から横浜市の国際親善総合病院循環器内科勤務。2000年、横浜市中区寿町の路上生活者を支援するNPO法人「さなぎ達」を設立。03年、国際親善総合病院退職。04年、ポーラのクリニックを開設。寿地区の簡易宿泊所に住む独居高齢者の訪問診療や看取り医療に尽力する。16年、日本医師会から第4回「赤ひげ大賞※」を受賞。

※赤ひげ大賞とは、地域に密着して人々の健康を支えている医師の功績を表彰し、広く国民に伝えるとともに次代の日本を支える地域医療の大切さをアピールする事業として2012年、日本医師会などにより創設。

ドヤ街「何でもOK」の総合診療をライフワークに

石川町駅近くの中村川
寿地区近くを流れる中村川

※インタビューは2020年3月に行いました。

私が寿地区にポーラのクリニックを開業したのは2004年12月。50歳の時でした。この街で外来から訪問診療、看取りまで「何でもOK」の総合診療を始めよう、それを自らのライフワークにしようと考えたのです。

寿はかつて日雇い労働者の街でした。昭和の東京オリンピックや高度経済成長期の頃には、全国から体力自慢の肉体労働者が続々と集まり、高速道路や高層ビルの建設、港湾労働などに従事しました。

彼らの多くは家族との縁が切れており、単身者として“ドヤ”と呼ばれる簡易宿泊所に住み込みました。宿とは呼べないほど劣悪な環境ということで、ヤドを逆さ読みしてドヤと称したわけです。

そんな彼らも今では年を取り、寿は65歳以上が半数を占める高齢者の街となりました。住民の約9割は生活保護受給者です。

どうして、私はここで診療を始めることになったのか。それには大きく二つの理由がありました。一つは、原点回帰。医師としての原点に戻りたいという思いがあったからです。

急性期医療の最前線で、感じた疑問

急性期医療の最前線で、感じた疑問

私は35歳で、横浜市にある国際親善総合病院の循環器内科部長に就きました。毎日のように急性心筋梗塞や急性心不全の患者さんが救急車で運ばれてくる、急性期医療の最前線。患者さんはすでに手遅れで、そのまま亡くなってしまうことも日常茶飯事でした。

今でこそ無駄な蘇生行為はしないとか、尊厳死といった考え方が広がっていますが、当時は助からないとわかっていても、当然のように気管内挿管などの救命処置を行っていました。言葉はよくないですが、その処置自体が若い研修医の練習台になっていた側面もあるのです。

私も若い医師たちも忙しい日常の中で気持ちが麻痺してしまい、そのような医療を当たり前のように思っていました。しかし、だんだんと疑問が出てきたんです。

当時は救急外来から当直室に戻る途中に新生児室があってね、よく赤ちゃんの声が聞こえてきました。生まれたばかりの赤ちゃんと、救命できずに亡くなった方が今、同じ病院内にいる。人が生きる、死ぬとはどういうことなのだろう……。そんなことを考え始めました。

患者さんを最初から最後まで診る、医師としての原点回帰

患者さんを最初から最後まで診る…医師としての原点回帰

そもそも私が医師になったのは、開業医だった親父に頼み込まれたからでした。高校は文系コースで、将来は英語教師になろうと思っていましたが、高3の夏、医者になってほしいと親父に頭を下げられて方向転換。一浪して順天堂大学に入学しました。

医師になってから目指したのは、自己完結型の医療でした。看取りも含めて、患者さんを最初から最後まで責任を持って診る。そういう医師になりたいと思っていました。

生きる死ぬの医療の最前線で、その初心を改めて思い起こし、原点に戻りたいという気持ちが大きくなっていったんですね。また当時は管理職になり、会議や学会出席、若手の指導なども増えていましたから、そんな状況も原点回帰への思いに拍車をかけました。

「これが孤独死です」人生を変えた1枚の写真

「これが孤独死です」人生を変えた1枚の写真

この地で診療を始めたもう一つの理由は、ずばり寿と出合ったことでした。当時の妻――その後、離婚をしましたが――が、寿の路上生活者に毛布配りのボランティアをするというので、私も一緒に活動することになったんです。

初めて足を踏み入れた寿で、私は1枚の写真を見せられました。簡易宿泊所の3畳一間の古びた畳の上で、神に祈りを捧げるような姿勢のまま男が突っ伏している……。

「これが孤独死なんです」「こんなの3日に一人です」。写真を見せてくれた男性にそう言われ、衝撃を受けました。人生を変える1枚となりました。

路上生活をしている人たちが集まるサロンのような場所に行って、話もしました。それまでの自分が知らないことばかりで、つくづくすごい世界だと思いました。

私は商売柄かもしれませんが、「なんでそうなったのか」を突き詰める性格です。この人はなんでこの病気になったのかと原因を突き止めないことには、治療ができませんからね。

寿を知って以来、私の頭の中には「これってどういうこと?」「この国でなんでこうなるの?」と、疑問が湧き上がってくるようになりました。

人生における「起承転結」とは

人生における「起承転結」とは

そして、人生における「起承転結」ということを考えるようになりました。

“起”は生まれること。生まれる場所と親は選べませんから、自分ではコントロール不能な世界ですね。

“承”は子ども時代。例えば親の言うことを聞かないと飯を食わせてもらえないとか、家の外に追い出されるといったことが続くと、将来的にいろいろな形で問題が出てくる可能性があります。

また“転”というのは、例えば反抗期を健全に迎えられるような環境なら健康的な転じ方ができますが、そこに貧困とか暴力といった抑圧が加わると転じ方が屈折してしまう。どう転じるかで人生は変わります。

そして“結”は人生の最期。これも“起”同様、自分ではコントロール不能です。再び、おむつのお世話になる世界に還って、人生の終わりを迎えるわけです。

寿の人たちと話していると、どうしてもこの起承転結について考えてしまいます。どこで生まれたのか、どういう子ども時代を過ごしたのか、どんな転じ方をしてきたのか、と。すると、その部分でハンディキャップを抱えている人がすごく多いことに気付かされました。

そして、こう思ったんです。たまたま私は開業医の両親のもとで生まれ、恵まれていたから今の自分がいるが、彼らと同じ環境に置かれていたら、どうだっただろう。誰だって同じような起承転結になっていたんじゃないか、と。

若い頃は体力に任せてバリバリ働いたが、年金も掛けていないから、年を取って動けなくなったら生活保護という人が、寿にはたくさんいます。それを自業自得と言う人もいますが、私はそうは思いません。むしろ「よくやったじゃん」「よくがんばってきたよ」と思ってしまうんです。

医師としての原点が、ここ寿にある

「これが孤独死です」。人生を変えた1枚の写真

寿と出合い、私の人生は大きく転じました。医師として彼らの看取りをしたいと考えるようになったのです。なぜなら、私にとって医師としての原点が、すごい原点が、ここ寿にあることを知ったからです。

もともと居場所がない人に死に場所があるはずもありません。ならば、たらい回しにならないように、孤独死にならないように、環境づくりを進めながら、看取りができる診療体制を整えていこう。もちろん、一朝一夕ではできませんから、逆算して準備をしました。

クリニックで総合診療を行うには、循環器の専門知識だけでは不十分です。国際親善総合病院の部長職を退いて非常勤となり、整形外科、泌尿器科、皮膚科、心療内科の研修医となって勉強しました。産婦人科以外は何でもやるというスタンスです。

また、寿に住む人たちの支援活動も始めました。そうやって足掛け5年の準備期間を経て、ポーラのクリニックは生まれました。支援活動や医療活動については、次回、詳しくご紹介したいと思います。

取材・文=佐田節子 構成=大矢詠美(ハルメク編集部)
※この記事は「ハルメク」2020年5月号掲載「こころのはなし」を再編集しています。

■もっと知りたい■

雑誌「ハルメク」
雑誌「ハルメク」

女性誌売り上げNo.1の生活実用情報誌。前向きに明るく生きるために、本当に価値ある情報をお届けします。健康、料理、おしゃれ、お金、著名人のインタビューなど幅広い情報が満載。人気連載の「きくち体操」「きものリフォーム」も。年間定期購読誌で、自宅に直接配送します。雑誌ハルメクサイトはこちら

みんなの コメント
ハルメクが厳選した選りすぐりの商品

驚きの軽さ&使いやすさ!

1本で7つの効果
薬用美肌ヴェール
1本で7つの効果
薬用美肌ヴェール

【PR】自分の尿モレタイプはどれ? 簡易診断でチェック!

自分の尿モレタイプはどれ?

たまに尿モレがあっても、だましだまし過ごされている方も多いのでは? けれど一口に尿モレと言っても症状によってタイプはさまざま。そこで自身の尿モレのタイプがわかる簡易診断チャートをご紹介!

2025.06.10
知らないと損する!?30秒でわかるコンビニおトク術

1個買うと、1個もらえる!

「アレ」を活用するだけで商品がタダでもらえるキャンペーンをご存知ですか?その名も「1個買うと、1個もらえる」キャンペーン。コンビニでおトクに買物する絶好の機会をハルトモさんに体験してもらいました!

2025.06.02
「ほったらかしの投資」~手軽に投資を始める・続ける方法

「投資は難しそう…」と思っている人は必見

興味があるけど自信がない人におすすめな、長期的に資金を積み立てていく「ほったらかしの投資」。家計をラクにする資産運用の方法が知りたい人はぜひチェック!

2025.06.02
夏の眼鏡が暑くて不快…汗ばむ季節にぴったりのフレームで涼しく快適に!

汗ばむ季節にぴったりのフレームとは?

汗ばむ夏の眼鏡…この顔面環境の不快度どうしたらいい?そんな方は夏にぴったりなフレームをチェックしてみて。

2025.06.02
サングラスのレンズカラーの違いって?美肌・おしゃれ見えする色の選び方

サングラスのレンズカラーの違い

色によっては美肌効果も期待できるカラーレンズ。お気に入りを見つけて、夏のお出掛けを楽しみましょう!

2025.06.02
認知症のご本人の財産や権利をどう守るか?

認知症のご本人の財産や権利をどう守る?

認知機能が低下した場合、財産管理はどうするべきか?法律面からの支援をご紹介!

2025.05.13
ご家族の認知症介護の進め方、向き合い方

ご家族が認知症になったら……

ご家族が認知症で介護が必要な状況になったらどうする?進め方・向き合い方を解説していきます

2025.05.13
【PR】飽き症でも、ゼロから英語が話せるようになったワケ

ゼロから英語が話せる!

飽き症さんでもOK!たった60日で英語が苦手な人でも英会話ができるようになると話題の「インド式英会話」をご存知ですか?無料体験セミナー実施中です!

2025.02.05
物価高の今こそ考えたい!インフレ時代に「資産運用」ってどうして必要なの?

本当に必要な「お金の準備」

物価が急激に上昇している今こそ、将来に向けて「お金の準備」が必要です!年金や退職金に頼らない、資産形成を進めるには?

2025.04.18
【PR】タイプで分かる!ライフスタイル別レンズ診断

タイプ別!ぴったりの眼鏡

「近くのものが見えづらくなった」と感じる人は眼鏡の変え時かも!ライフスタイル別におすすめの眼鏡レンズを無料で診断♪

2025.03.10
これだけ覚えておけばOK!海外旅行先で使う英会話10選&英会話学習法

簡単に身に付く「英会話」♥

旅行先で使う英会話10選&手軽に英会話力を伸ばす方法をご紹介!50代からの新しい趣味・学び直しにいかが?

2025.04.10
【PR】巻き爪や外反母趾などの足悩み解消を目指せる「正しい歩き方」

巻き爪解消を目指せる「正しい歩き方」

間違った歩き方は足トラブルを招き、健康寿命に影響があることを知ってましたか?正しい歩き方と足トラブル対策を専門家が解説!

2025.05.12

ハルメクが厳選した選りすぐりの商品

「奇跡の60代!木村友泉 大人のリンパケアLesson」横隔膜をゆるめる動き