医師・山中修さんと考える「最後の迎え方」3

山中修さん「これでいい」と思える最期の迎え方とは

公開日:2021/09/14

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横浜市寿地区で、独居高齢者の看取り医療に取り組むポーラのクリニック院長、山中修さん。孤独死と隣り合わせの寿でも、感謝の言葉とともに穏やかな死を迎える人が少なくないといいます。最終回は、「これでいい」と思える最期の迎え方について伺いました。

医師・山中修さんと考える「最後の迎え方」3

新型コロナウイルスに感染して突然亡くなったAさん

新型肺炎で突然亡くなったAさん

3回目の今回は「最期の迎え方」について、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。

今、新型コロナウイルスが猛威を振るっていますが、実は私の患者さんの一人もこの感染症による肺炎で亡くなりました。横浜港に入港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」に乗船していた方で、享年87歳。仮にAさんとしましょう。

Aさんは寿の住民ではありませんでしたが、2019年12月、わざわざ私のクリニックにやって来られました。「先生にかかりつけ医になっていただきたい」「最期の看取りをお願いしたい」と。日本尊厳死協会に入っており、協会の会報に載った私の記事を読んで、受診を決めたとのことでした。

Aさんは心臓病や喘息など、多くの持病を抱えていました。年齢も年齢だし、もう体が言うことをきかない。管理に手の掛かる郊外の持ち家を処分し、駅から至近の便利な場所に新たな居を構え、新しいかかりつけ医も見つけました。

いずれやって来る最期の時に備え、いわゆる“終活”をされていたのですね。そして、「あとは妻とゆっくり船旅でも……」ということで、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客となったわけです。

生と死は、コントロール不能な世界

生と死は、コントロール不能な世界

連載の第1回で人生における起承転結の話をしました。起承転結の“起”はこの世に生まれること、“結”はこの世にさよならすること。誰しも生まれる場所や親は選べません。死ぬことも回避できませんし、思い通りにもいきません。“起”と“結”は、どちらも同じくコントロール不能な世界といえます。

そのことを改めて思い知らされたのが、2020年2月、神奈川県逗子市で起きた痛ましい事故でした。通学途中の女子高生が、雨も降っていないのに突然の土砂崩れに巻き込まれ、亡くなったのです。こんな最期をいったい誰が想像できたでしょうか。

また、タレントの志村(しむら)けんさんは新型コロナウイルスに感染し、治療の甲斐なく永眠されました。報道によると、病状の進行が非常に早かったそうです。おそらく、あれよあれよという間に麻酔剤で意識をなくされ、人工呼吸器につながれることになったのだと推察します。「死ぬかもしれない」とご本人が思う暇もなく、最期を迎えられたのではないでしょうか。

自らの意思と尊厳を保ったまま迎える“結び” 

自らの意思と尊厳を保ったまま迎える“結び” 

人生の“結”を自分なりに描くことができればとても幸せですが、現実にはそううまくはいかないことの方が多いものです。

Aさんもまた同じです。まさか、夫婦で出掛けた終活旅行のクルーズ船の中で、わけのわからないウイルスをうつされて命を落とすことになるなど、夢にも思わなかったはずです。しかし、それでも私が想像するに、Aさんは“結びの迎え方”としては本望を遂げたのではないか、と思うのです。

Aさんの最期については後日、息子さんから話を伺うことができました。Aさんは入院先で、呼吸の荒い状態のまま担当医に尊厳死の意思を記したカードを呈示したそうです。

それを受けて、医師はAさんに次のことを率直に伝えたといいます。

「今後もっと呼吸困難がひどくなったら、気管の中に管を入れて人工呼吸器をつけることになります」「その際は意識をなくして自発呼吸を止める薬を使います」「そうすれば、呼吸の苦しさは消えます」、そして「容体が改善すれば目覚めますが、そうでない場合は、そのまま目覚めないことになります」……と。

これから受ける医療処置は、生き返るためのものであり、同時に尊厳死のためのものでもある。Aさんは病の床でどちらの意味も理解して、人工呼吸器を装着しました。自らの意思と尊厳を保ったまま、結びの時を迎えたのですから、まさしく本望・本懐を遂げたわけです。

最期を迎えるときに大切なことは?

最期を迎えるときに大切なことは?

私は子どもの頃から、「死」というものが怖くてたまりませんでした。そんな人間が医者になり、看取りの医療をしているのですから、人生は面白いものです。今は自分が死ぬことも怖くなくなりましたが、それは寿で多くの死を見せてもらったからだと思っています。

人が生きていく上で最も大切な基本骨格は、「居場所」「生きがい」「自己肯定感」だと思っています。自分が安心していられる居場所、「これをやりたい、やろう」と思える生きがい、そして自分は「これでいいのだ」と思える自己肯定感。実は、これらは最期を迎えるときにも、そのまま当てはまります。

安心して死ねる場所、残された時間に「これだけはやりたい」、あるいは「これだけは避けたい」と願うこと、そして死にゆく自分を受け入れられる境地、ということですね。我々、寿の看取りチームはこれらの3つを本人に確認しながら、最期の伴走を続けます。

苦痛があるときは最大限の努力をもって、それを取り除く。望まない延命治療はしない。間違っても、死ぬ瀬戸際に救急車を呼んだり、警察が検死したりすることにならないように徹底する。そして、亡くなったならば葬儀屋さんまで含めて全部面倒をみる。それを本人に約束します。そうやって多くの専門職に見守られていることがわかるから、本人は安心して最期の時間を過ごすことができるのです。

「人生会議」で、最期をどう迎えたいか話し合おう

「人生会議」で、最期をどう迎えたいか話し合おう

このような看取りの仕組みは、厚生労働省が提唱している「人生会議」そのものです。人生会議とは「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」の愛称で、人生の最終段階にどんな医療やケアを受けたいか、最期をどう迎えたいか、家族や身近な人と事前に話し合っておきましょう、というもの。

看取る側と看取られる側がしっかりと合意を得ておけば、双方が「これでいい」と納得できる最期を迎えられます。

もちろん、人生会議は寿の住民だけでなく、すべての人にとって大切です。この記事を読んでくださっている読者の方も、どうか人生会議をしてください。自分にとって理想的な最期の迎え方とはどんなものか、ぜひ身近な人と話し合ってほしいと思います。

いざ病気になったり、最期の時に直面したりしたら、考えが変わることになるかもしれませんが、それはそれでいいのです。

穏やかに迎える死。最期の言葉は「ありがとう」

穏やかに迎える死。最期の言葉は「ありがとう」

私は寿でこれまでに150人以上の住民を見送ってきました。いろいろな生き方があるように死に方もいろいろですが、住み慣れた簡易宿泊所の自室で顔見知りの訪問を受け、最期が近づいてきたことを穏やかに受け入れられるようになると、多くの人は周囲に対して感謝の気持ちを表すようになります。それまで悪態をついていた人でも、最期を受容すると感謝の言葉が出てくるのです。

亡くなる前にヘルパーや看護師を全員呼んで、「ありがとう」を連発して逝った95歳のおじいさんもいました。「ありがとう」は、平穏であるからこそ出てくる最期の言葉です。ちなみに、私の父の最期の言葉も「ありがとう」でした。

死は確かにコントロール不能ではありますが、それほど怖いものではありません。不必要な延命行為さえしなければ、苦しいものでもありません。私は寿の人たちにそれを教えてもらいました。私自身は今のところ、めちゃくちゃ元気ですが、「ありがとう」と言って穏やかに死ねるなら、在宅でも病院でもどちらでもいいかな、と思っています。

山中修さんのプロフィール

山中修さん

やまなか・おさむ 1954(昭和29)年、三重県生まれ。順天堂大学医学部卒業後、同大循環器内科入局。米国クリーブランドクリニック留学を経て、90年から横浜市の国際親善総合病院循環器内科勤務。2000年、横浜市中区寿町の路上生活者を支援するNPO法人「さなぎ達」を設立。03年、国際親善総合病院退職。04年、ポーラのクリニックを開設。寿地区の簡易宿泊所に住む独居高齢者の訪問診療や看取り医療に尽力する。16年、日本医師会から第4回「赤ひげ大賞」を受賞。

※赤ひげ大賞とは、地域に密着して人々の健康を支えている医師の功績を表彰し、広く国民に伝えるとともに次代の日本を支える地域医療の大切さをアピールする事業として2012年、日本医師会などにより創設。

取材・文=佐田節子 構成=大矢詠美(編集部)
※この記事は「ハルメク」2020年7月号掲載「こころのはなし」を再編集しています。

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