向谷地さんの自分を助けるプログラム1

更新日:2024年01月24日 公開日:2021年08月14日

向谷地生良さんの自分を助けるプログラム(1)

べてるの家・向谷地生良さん「弱さ」は人に見せていい

べてるの家・向谷地生良さん「弱さ」は人に見せていい

北海道にある福祉施設「浦河べてるの家」は、心に病を抱える人たちが回復するためにさまざまな取り組みを行っています。「自分を助けるプログラム」とは?創設メンバーの向谷地さんに、生きづらさを抱え込まないためにはどうすればよいのか、お聞きしました。

「前向きに苦悩する」向谷地生良さんの人生観の原点

人間とは苦悩する存在である

はじめまして、向谷地生良です。私はソーシャルワーカーとして働いてきました。主に、病気や障害などを抱える人たちを対象に、日々の暮らしを送る上での不安や困り事に対して支援を行う仕事です。

私が社会福祉の現場に入ったのは、大学生のときでした。大学に入学し、特養(特別養護老人ホーム)で住み込みで働き始めました。この夜勤の仕事の間に読んだ、たくさんの本の中で「人間とは苦悩する存在である」というヴィクトール・フランクルの言葉に出合いました。「苦悩から逃げずに前向きに苦悩することが最も人間らしい。そこに希望がある」というのです。私の人生観の原点になりました。

べてるの家の「自分を助けるプログラム」とは?

北海道・浦河町

大学を卒業して、北海道・浦河町にある浦河赤十字病院にソーシャルワーカーとして勤めることになって、その後、「浦河べてるの家(以下べてる)」という心に病を抱えた人たちの施設を立ち上げるのに携わりました。

べてるは、障害や心の病を抱えた人たちが、お互いに支え合って生活をしている場です。ここでは、さまざまな生活支援が行われています。グループホームを提供したり、就労や起業の支援を行ったり。またこれを支える、病院や保健所、社会福祉協議会などがあり、浦河町のさまざまな人たちが関わっています。

べてるをユニークな存在にしているのは、「自分を助けるプログラム」です。「金曜ミーティング」というものや「当事者研究」と呼ばれるものなど、自分の生きづらいと思う出来事(苦労)をみんなの前で言葉にするプログラムがあります。ここでは、当事者=心の病など生きづらさを抱えている人たちによる対話が行われています。

このプログラムの根幹にあるのは、「弱さの情報公開」です。自分の弱さ、つまり苦労を公開することで、自分自身がその弱さとどう付き合っていくかを模索します。弱さを公開し、他人と対話をすることで、自分では思いもしなかったところに苦労のパターンや生きづらさのメカニズムがあることに気付けるのです。

周りの人と対話し、「苦労のルーツ」を考える

周りの人と対話し、「苦労のルーツ」を考える

先日、4~5人の仲間に連れられてやって来た若者がいました。その若者は「自分が抱いている不安が人にうつって、世界中の人を不安にしている。このままでは世界を破滅させてしまうから、自分は生きていない方がいい」、そして「そんな自分に圧力をかける悪の組織が世界にはびこっていて、通行人が嫌がらせをしてくる」と訴えました。

私はその若者を連れてきた仲間に、この「苦労のルーツ」について尋ねていきました。若者の家族のことや仕事のこと、勉強のことなどいろいろな話を聞ました。するとだんだんと、家族との間にある苦労を今に引きずっていることがわかってきました。この対話を通して、仲間たちは、その若者の苦労の出どころは「家族にあるのでは?」という結論に至りました。

最後に再び本人にも苦労の出どころがどこにあると思うか尋ねると、「自分は、悪の組織に苦しめられていたのではなく、家族で苦労していたのかもしれない」と言って、みんなと同じ答えになったのでした。

日頃から近くにいる人と話ができていたら、もっと早い段階でこのことに気付くことができたかもしれません。一人で悩みを抱えて「世界の中で一人ぼっち」と思っていた人でも、周りの人と対話をしてみると意外と意見が一致するものなのです。彼らは最後に、みんなで握手をしていました。

弱さと弱さが束ねられ、本当の強さが生まれる

弱さと弱さが束ねられ、本当の強さが生まれる

一人一人が自分の抱えている「弱さ」を恥じることなく寄せ合ったとき、人はつながり、共に助け合えます。

昨今は「強さ」が着目されがちです。自分たちの持っている強さを共有して、強めていくことで問題解決を試みることが多い。でも、純粋な強さなんてありません。強さは糸のようなもので、一本一本は繊細ですぐに切れてしまいますが、まとめることで強くなります。

本当の強さとは、弱さと弱さが束ねられたときにこそ、生まれるものだと思っています。

「苦労の塊」はまず仕分けることが大切

「苦労の塊」はまず仕分けることが大切

この仕事を続けて40年、どうすれば個人の苦労をみんなの苦労にできるのか、それにこだわってきました。私たちのところに病気の相談に来るのは、眠れないとか、変なものが見えたり聞こえたりするとか、混乱状態を抱えている人たちです。小さな困り事が蓄積に蓄積を重ねて、苦労の塊になってしまっているのです。

「苦労は、苦労を抱えている人の問題だから、その人自身で解決すべきこと」と思っている人は多いですが、実際はそうではないこともあります。それは、苦労には、本人の内側にある苦労と、本人の外側にある苦労があるからです。

外側にある苦労の出どころは、周囲の人が抱えている問題や、社会の環境や仕組みなどです。その苦労から解き放たれるためには、みんなで一緒に苦労の分別と仕分けをするのが大切なのです。これは自分の苦労、これは家族の、これは社会の……などと。

個人の苦労をみんなの苦労に…他人の苦労は返却する

個人の苦労をみんなの苦労に…他人の苦労は返却する

他人の苦労はそれぞれに返却します。他人の苦労に端を発している「自分の苦労」は、いち早く「みんなの苦労」にしなければいけません。でも、自分が持っておくべき苦労もあるので、それは手放さないようにします。

冒頭のフランクルの言葉をもう一度借りると「苦悩から逃げずに前向きに苦悩することが最も人間らしい。そこに希望がある」からです。私たちは、自分の苦労とどう付き合っていくのかを考えていかなければいけません。

べてるの当事者たちは、統合失調症などを持つ人たちが多いですが、そうでない人でも、誰もが悩みや不安、生きづらさを抱えて生きています。それはどんなに家族と仲良く暮らしている人でもです。

「なんでも話せる家族」のはずなのに、どうしても夫の実家の話題は話しづらいとか、子ども家族のお金のことにはもやもやとしたものを抱えているとか……ありますよね? こういった悩みは表に出すことが大切なのです。

みなさんは、うまくいったこともいかなかったことも含めて経験を蓄積している世代です。その経験を発信していったらいいと思います。ハルメクの読者のみなさんで、弱さの情報公開ができるような場を持てるといいかもしれません。

「閉じた苦労」を「開かれた苦労」にしていきましょう。苦労を開く習慣をつくることで、自分が救われるし、他人も救うことができるのです。これは、「生きやすさ」をシェアする場です。人生100年時代。これからの時間がたくさんある中で、どう生きるのかは重要な課題です。

次回は、どうやって弱さの情報公開を行うのか、その方法を紹介します。

向谷地生良さんのプロフィール

むかいやち・いくよし 1955(昭和30)年、青森県生まれ。ソーシャルワーカー。北海道医療大学(大学院・看護福祉学部・先端研究推進センター)特任教授、浦河べてるの家理事。大学卒業後、浦河赤十字病院の精神科専属のソーシャルワーカーとして赴任し、84年に浦河べてるの家を設立。『安心して絶望できる人生』(NHK出版刊)他、著書多数。

取材・文=井口桂介(ハルメク編集部)
※この記事は「ハルメク」2020年1月号掲載「こころのはなし」を再編集しています。

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