金澤泰子さん・翔子さん母娘の生き方

ダウン症の書家・金澤翔子さん!育った街で喫茶店を始めて新たな道へ

ダウン症の書家・金澤翔子さん!育った街で喫茶店を始めて新たな道へ

公開日:2026年01月05日

ダウン症の書家・金澤翔子さん!育った街で喫茶店を始めて新たな道へ

ダウン症の書家・金澤翔子さん。ハルメクではこれまでも翔子さんの活躍と、母・泰子さんの姿を追ってきました。2024年12月、翔子さんの書を展示していた画廊が喫茶店に。泰子さんは「終活が終わりました」と話します。

金澤泰子さん・翔子さんのプロフィール

金澤泰子さん・翔子さんのプロフィール

かなざわ・やすこ/しょうこ
母・泰子さんは1943(昭和18)年千葉県生まれ。書家の柳田泰雲・泰山に師事。東京都大田区に「久が原書道教室」を開設。翔子さんは85(昭和60)年東京都生まれ。5歳より母の指導で書を始め、20歳で初個展。東大寺などの神社仏閣で奉納揮毫(きごう)を行う。
下の写真は書籍『お母様 大好き』のために揮毫する翔子さん(撮影=中西裕人)

金澤泰子さん・翔子さんのプロフィール

「この街に翔子を託す」漠然とした願いが、ようやく形に

「この街に翔子を託す」漠然とした願いが、ようやく形に
東急池上線・久が原駅前からのびるライラック通りに、翔子さんの喫茶店があります

建長寺、建仁寺、東大寺、伊勢神宮、春日大社……。ダウン症の書家・金澤翔子さんが個展を開いたり、奉納をしてきた寺社の数は数え切れないほどです。その活躍を、母の泰子さんは陰になりひなたになり支えてきました。

けれども2025年82歳になる泰子さんは「もう翔子に書は無理」と打ち明けます。作品の依頼が来ると、サイズを確認したり筆や墨、紙の準備をしたり。「私が死んだ後のことを考えても、翔子が一人でそれをするのは難しいと思うんです」

そして泰子さんをずっと悩ませてきた「私が死んだら翔子はどうなるんだろう」ということ。それはダウン症の子を持つ親なら誰もが抱く思いではないかと、泰子さんは言います。

「翔子は30歳の時から、生まれ育った久が原の町でひとり暮らしをしていて、お肉屋さんや喫茶店の常連になってました。だから私も数年前から『この街に翔子を託すことが私の終活』と言って、画廊も開いたのですが、街に託すって漠然としてますよね。具体的な答えがなかなか見つからなかったんです」

「この街に翔子を託す」漠然とした願いが、ようやく形に
翔子さんのジム仲間もお茶をしに立ち寄ります

思いあぐねた泰子さんは、1年ほど前、翔子さんの活動をサポートしてくれていたスタッフの相原雅樹さんに「もう翔子と二人で入れる老人ホームを探そうかしら」と相談したそうです。すると相原さんは「それは、寂しい将来ですね」と。

やはり何か考えなくては――と思った矢先、コロナ禍で行きつけの喫茶店が閉店。そこで泰子さんは決断します。この画廊を喫茶店にしよう!

「喫茶店の翔子」は、体調がよくおしゃれになりました!

「喫茶店の翔子」は、体調がよくおしゃれになりました!

「翔子は昔から人を思いやる子で、寂しそうな人がいたら助けようとする子。そして接客が大好き。私も“喫茶店”という場所が若い頃から大好きでした。この街に暮らすというだけでなく、翔子が街の人たちの居場所をつくる――すごくいいじゃないですか。手伝ってくれるスタッフも、徒歩圏内に住んでいる50代以上の方ばかり。本当にこの街に翔子とみなさんの居場所ができたんです」

「喫茶店の翔子」は、体調がよくおしゃれになりました!
遠方から画廊を見に来られたお客さまにサインをする翔子さん

「メニューもみんなで考えてます!ぜひ、いらしてください!」

「メニューもみんなで考えてます!ぜひ、いらしてください!」
自慢のメニュー。お食事(800円~)もスイーツ(500円~)も充実

11時の開店に翔子さんは遅れたことがありません。お客さんは途切れることなく訪れ、ランチタイムの忙しさは目が回るほど。翔子さんは、スタッフたちと連携してオーダーを取り、ドリンクや食事を運び、洗い物や会計もこなします。

「メニューもみんなで考えてます!ぜひ、いらしてください!」
以前、お客さまが作ってくれたプレート。この店にぴったりの言葉です

「翔子にとってよかったことが3つあるんです。私たちはこれまで講演会の依頼はなるべく断らなかったので、日本全国を飛び回っていて、毎日が強行軍でした。翔子は、みんなが喜ぶためなら何でもする子ですから、文句一つ言わない。

でも夜眠れなかったり太ってきたり、自律神経が乱れてしまっていたんですね。それが、喫茶店を始めてからは、すっかり生活が落ち着いて健康的になったんです。それにおしゃれになりました。

以前は、くすんだ色の服ばかり着ていたのですが、今は明るい色の洋服を着て、ネイルにも気を付けてます。3つ目は爪噛みの癖がなくなったこと。なかなかやめさせられなかったのですが、きれいになくなりました。これも翔子の気持ちが落ち着いたからですね」

こんなに幸せなことはない、と泰子さんは穏やかに笑います。

「翔子がダウン症だとわかったとき、私は絶望し、翔子より先には死ねない、と思い詰めました。それが二十歳で書家としてデビューして大成功をおさめ、今はこうして思うままにお客さまを喜ばせている――本当に神様には感謝しかありません」

東京・久が原駅からライラック通りを歩いてみてください。街に溶け込む翔子さんに会えますよ。

「アトリエ翔子」(1階:喫茶/2階:ギャラリー)

「アトリエ翔子」(1階:喫茶/2階:ギャラリー)

1階はランチメニューも充実したカフェスペース。一緒に働く仲間もこの街の住人たちです。一番左が相原さん。2階には翔子さんの作品が展示されています。

住所:東京都大田区久が原3‒37‒3

営業:11時~18時(日・祝日定休)

『お母様 大好き』

『お母様 大好き』

ハルメク刊/1320円
ひとり暮らしを始めるまでの翔子さんの軌跡をエッセーでたどった1冊です。ハルメク通販でお求めください。

取材・文=岡島文乃(ハルメク編集部)、撮影=中川真理子

※この記事は、雑誌「ハルメク」2025年5月号を再編集しています。

※記事中の情報は、2025年4月現在のものです。

HALMEK up編集部
HALMEK up編集部

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