今月のおすすめエッセー「秘密の時間」めぐみさん
2024.12.312023年03月25日
山本ふみこさんのエッセー講座 第9期第1回
「昨日のことの様に思い出すこと」濱谷美恵子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コース 第9期の参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介。テーマは「昨日」です。濱谷美恵子さんの作品「昨日のことの様に思い出すこと」と山本さんの講評です。
昨日のことの様に思い出すこと
わたしの母方の祖母は、映画館を経営していた。
昭和30年代、娯楽は映画の時代だったからお客さんも一杯だった。
母は毎週土曜日に、わたしと妹、弟を連れてバスで厚木に向かう。
駅からすぐそばの祖母の映画館は人気の上映作品だと行列になっていた。
それをしりめにわたし達は脇から映画館へと入る。ちょっぴり優越感を味わう。
祖母のキミさんは、優しく穏やかな顔でいつも、わたし達を迎え入れてくれた。
母の姉達も働いていたから、にぎやかな雰囲気で、わたしはそこが、好きだった。
小学生の低学年の頃、怪獣映画ブーム到来。
モスラ対ゴジラやモスラ対キングギドラなどいとこ達と一番前の席で夢中でみた。今でもモスラの歌を唄える。
キミさんはいつも売店にいて、わたしが行くとコーヒー牛乳とパンをくれた。
「これを持ってみておいで」と言った。
わたしが小学校高学年の時、キミさんは優しく飲み物とお菓子をくれ、「みておいで」と言った。
中に入ると立ち見の男の人達が大勢いて、やっとの思いでスクリーンを見ると、鶴田浩二や菅原文太がこわい顔をして刀を振り回していた。
わたしは恐ろしくなってすぐ出て、「おばあちゃん、つまらないから見ない」と言うと、いすを指さし「そこに座っておいで」と笑顔で言った。
映画を見終わると、わたし達は実家へと向かった。
キミさんはいつもその日のプログラムが終わるまで帰れない。
母の実家は農家で広い敷地に祖父、一作さんは豚やにわとりを飼っていた。
顔はこわくて無口だが働き者だった。豚を見に行くと「豚はきれい好きなんだ」と言っていた。
にわとりは毎朝卵を産むので取りに行くのだが、わたしはこわいので外で従妹達の様子を見ていた。
井戸端には、いちじくの木があり実がなると食べた。
甘くておいしくて大好きだった。
あの時の味を求めて買うが、残念ながらあの頃のいちじくには出会えない。
秋には柿もなった。はしごに登り取って食べた。
甘くておいしかった。今思うとわたしはおてんばだったんだ。
夏には川に蛍を見に行き、昼間は自転車を乗りまわした。
昨日のことのように楽しい思い出がよみがえってくる。
山本ふみこさんからひとこと
こちらこそ、好きな映画を1本観た、という気持ちです。
書き出しも、とてもいいですね。「え? 映画館を経営? なになに?」という具合に、そこからずっと引っ張られました。
拍手しています。パチパチ、パチパチパチパチ。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
募集については、今後 雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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