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- エッセー作品「左手が上げられない」高山美年子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コース 第9期の参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。テーマは「昨日」です。高山美年子さんの作品「左手が上げられない」と山本さんの講評です。
左手が上げられない
食事中に前歯が抜けた。ずい分前に治療した差し歯だ。
(うっそー)
慌てて鏡を見る。写っている顔はまるでコントの中の人物のようだ。家族に見せると大爆笑。
(いやっ、こんなことをしている場合ではないよ)
歯医者に電話して予約をする。外出するのでマスクをつける。マスク生活を良かった~と思ったのは、この時が初めてだったかもしれない。
治療が始まると、他の歯も治療が必要だと言われる。
治療は続いた。出費も増えた。治療は想像以上続いた。出費は想像以上に増えた。
ギーギーガーガーゴリゴリ。治療をする前に担当医は言う
「痛かったら、左手を上げて下さいね」
治療が始まると(痛いかもしれないな)と思う時もあるが、左手を上げるほどではないかなと思案しているうちに、痛みはなくなってしまう。
結局一度も左手を上げたことはない。
左手を上げられなかったが、体は即座に反応していた。
(痛い!)と感じると同時にぴくっとしてしまう。担当医にはそれがわかるらしい。優秀だ。
「痛い?」
「我慢できます」
「はっはっはっ、我慢しなくていいのだからね」
こんなところで良い子のふりをしてどうするのだ。
痛かったら、隣のブースで大声を上げて泣いている女の子のように、泣けばいいのだ。
週に1回の歯医者通いは、今も続いている。
こうなったら悪いところは全部治療して、美味しいものをたらふく食べてやる。
そう言えば、治療を始めて、昨日で1年が過ぎた。
山本ふみこさんからひとこと
誰もが経験しているであろう歯科でのあれこれを、ここまで書けたら、たのしいだろうと思います。
どうしてそれが実現するかと云いますと、書き手が自らを(少し距離をとって)観察、またあるときは対話をつづけているからです。
客観的な見方は、書き手の支えになります。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
募集については、今後 雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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