古典エッセイスト・大塚ひかりさんが解説

現代にも通じる『源氏物語』のメッセージを読み解く

公開日:2024.12.09

教えてくれた人:大塚ひかりさん

おおつか・ひかり
古典エッセイスト。1961(昭和36)年、横浜市生まれ。著書の個人全訳『源氏物語』全六巻(ちくま文庫)は長年品切れ状態だが、随所に興味深い解説が入り、源氏の新たな側面が見えてくる。著書に『やばい源氏物語』(ポプラ新書)、『嫉妬と階級の『源氏物語』』(新潮選書)、『傷だらけの光源氏』(辰巳出版刊)など。雑誌「ハルメク」では「スキャンダルで読む百人一首」が好評連載中。

今起きている社会問題は、平安時代から変わっていない!?

大河ドラマ「光る君へ」で注目される平安時代。そこで生きた人たちはどんな価値観を持っていたのでしょう。大塚ひかりさんは『源氏物語』の中に、意外にもイマドキの社会問題がちりばめられていると言います。5つのキーワードからひもときます。

1:平安時代だって、モラハラもいじめも今と同じようにあった

Luce / PIXTA

――いづれの御時にか、
女御更衣あまたさぶらひ たまひける中に、
いとやむごとなき際に はあらぬが、
すぐれて 時めきたまふありけり (「桐壺」より)

―いずれのミカドの御代でしたか、
女御・更衣があまたお仕えになっていた中に、
さして高貴な身分でもないのに、
抜群に愛されている方がおりました

最初のキーワードは「格差社会」です。

「高貴でもないのに、天皇に可愛がられた妻がいた」。格差からくるさまざまなドラマの展開を予感させる、『源氏』冒頭の一文です。実際この妻は、他の妻たちにいじめ抜かれて、光源氏(ひかるげんじ)を産んだのち死んでしまいます。

その光源氏も、下流と見なした夕顔(本当は中流)が死んだら、遺族にも知らせず勝手に葬ってしまっています。『源氏』にはよく「人数ならぬ」という言葉が出てきますが、身分の劣る者たちは同じ人間扱いされなかった。

受領階級ながら光源氏の子を産んだ明石(あかし)の君がその代表格です。『源氏』は、人数ならぬ者たちが、どう生きたかを描いた物語でもあるのです。

2:メンタルがやられる=「物の怪の仕業」というやさしさ

metamorworks / PIXTA

――「心違(たが)ひとはいひながら、
なほめづらしう、見知らぬ人の
御ありさまなりや」と爪弾(つまはじ)きせられ、
疎ましうなりて、あはれと
思ひつる心も残らねど
(「真木柱」より)

――心の病とはいえ、やはりめったにない、
見たこともない有様ではないかと、
大将はつくづく嫌気が差して、うとましくなって、
愛想も尽きる思いですが

続いてのキーワードは「心の病」。

文中の「大将」とは髭黒(ひげくろ)の大将と呼ばれる男で、妻子のある身で光源氏の養女(玉鬘・たまかずら)と結婚します。

当時は一夫多妻だからですが、この妻は心を病んでいた。玉鬘の元へ出掛けようとする夫を、妻は貴婦人らしく快く送り出そうとします。けれど「心違ひ」の発作が起きて、夫に香炉の灰をぶちまけるという騒ぎに。

夫を他の妻のところへ送り出すのは貴婦人だって、嫌だったんです。自分で感情を制御できなくなることはありますよね。平安時代ではそれを、物の怪(け)の仕業だから仕方ないとも考えていました。そう考えることで本人も周囲もバランスを保っていたのかもしれません。

3:「セクハラは嫌だ、と表明していい」と説く

tsukat / PIXTA

――男君はとく起きたまひて、
女君はさらに起きたまはぬあしたあり
(「葵」より)

――男君は早く起きられて、
女君はいっこうにお起きにならぬ朝があります

3つ目は、深刻な問題として大きく取り上げられることが多くなった「性被害」です。

『源氏』は、イケメン&大貴族の光源氏の華やかな恋を描いているようですが、別の側面も。引用したのは、光源氏が14歳の紫の上を犯した朝を表した一文。

紫(むらさき)の上は10歳で光源氏に拉致同然に連れて来られ犯されたのです。なぜこんな嫌らしい人を頼みにしていたのかと涙を流して恨みます。他にも今でいうセクハラが随所に登場し、それを嫌がる女性がリアルに描かれます。

私が若い頃は、セクハラまがいのことをされても軽く流せるのが大人の嗜みと言われましたが、とんでもない。今、ようやく性被害にあった女性たちが声を上げ始めています。嫌がる女性の気持ちを描いた紫式部に、改めて注目してほしいと思います。

4:言葉足らず、返信遅れはいつの時代も、誤解と争いの元

――かくいみじう思(おぼ)いたるを、
あさましう恥づかしう、
明らめきこえたまふ方なくて
(「夕霧」より)

――(女二の宮は)それほど深く気に病んではいらっしゃらないのですが、
お母様の御息所がこうひどく思い詰めているのが
情けなく恥ずかしくて、
事実を打ち明けるすべもなく

4つ目は、「コミュニケーションのズレ」

LINEなど文字でのやり取りが増えると、言葉足らずだったり返信のタイミングが悪かったりで、感情が行き違うことも増えたのではないでしょうか。文(ふみ)が伝達手段だった平安時代も、誤解やすれ違いはしょっちゅうのようです。

光源氏の息子・夕霧(ゆうぎり)が、死んだ親友の奥さん(落葉の宮・おちばのみや)に恋して、夜も居座るのですが、拒まれてしまう。

でも落葉の宮の母親は、娘と夕霧が関係したと思い込んだので、その後、手紙のみで本人は来ない夕霧に、「娘はやり逃げされた」と絶望する。落葉の宮は恥ずかしくて真実を説明できず、母親は心痛のあまり死んでしまう。

ちゃんと話をしていれば……これも現代と同じですね。

5:上流階級の女性たちも生活の不安を抱えていた

うみの丘デザイン / PIXTA

――わが身はただ一ところの御もてなしに
人には劣らねど、あまり年つもりなば、
その御心ばへもつひにおとろへなむ
(「若菜下」より)

――自分(紫の上)はただ、夫の六条の院のご待遇こそ
人には劣らないものの、あまり年をとり過ぎれば、
そのお気持ちもしまいには衰えるだろう

そして、最後のキーワードは「経済不安」です。

『源氏』はあらゆる階層のリアルな暮らしぶりを描き出します。例えば貧乏貴族の家では老いた女房(使用人)しか残りません。若手は転職できるけれど、年配者に再就職は難しいという現実です。

ヒロインの紫の上ですら将来に不安を抱えていました。他の妻たち――明石の君は身分は低いが財産は潤沢。女三の宮(おんなさんのみや)は身分も財産もハイレベル。

でも母方の後ろ盾のない紫の上には頼れる実家も子どももいない。二条院という家はありますが、それも夫からもらったもの。収入のない女性の生きづらさがしのばれます。

そんな彼女の願いは出家でしたが、夫に許されぬまま、彼女は息絶えるのです。


取材・文=岡島文乃(ハルメク編集部)

原文はすべて『新編 日本古典文学全集』(小学館刊)より
訳文はすべて『大塚ひかり全訳 源氏物語』(ちくま文庫)より

※この記事は、雑誌「ハルメク」2024年4月号を再編集しています。

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