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- 「ほんとうのピノッキオ」の今日性とベニーニの底力
コラムニストの矢部万紀子さんによるカルチャー連載。今回は映画「ほんとうのピノッキオ」を取り上げます。ジェペット爺さんを演じるロベルト・ベニーニといえば「ライフ・イズ・ビューティフル」ですが、2作に共通する見どころがあるそう。
「ライフ・イズ・ビューティフル」の感動を振り返る
映画選びで頼りにしているのが、週刊文春の「シネマチャート」です。5人が短いコメントとともに星を付けます。「パラサイト 半地下の家族」は5人が全員5つ星、つまり25点満点でした。「ほんとうのピノッキオ」を公開翌日に見たのには22点という高得点に加え、評者の1人、中野翠さんのコメントがありました。「ジェペット爺さんは、あの俳優!」とあったのです。「ライフ・イズ・ビューティフル」の監督・主演、ロベルト・ベニーニのことだとすぐわかりました。
1998年の公開時、私はシネスイッチ銀座で見ました。同映画館の歴史で、3本の指に入るヒット作だそうです。ベニーニ演じる書店を営むユダヤ人家族の話です。ナチスの収容所に、幼い息子と収監されます。ここで行われているのはゲームで、1000点獲得すれば本物の戦車に乗れると息子に言い聞かせ、そのように振る舞います。息子役の少年のかわいさと、最後に訪れる奇跡に泣かない人はいないのではないでしょうか。
と改めて紹介したのは、「息子役の少年のかわいさと、最後に訪れる奇跡」が、「ほんとうのピノッキオ」にそのまま当てはまるからです。ただし作風はまるで違います。「ライフ・イズ・ビューティフル」は悲劇を喜劇で描きました。「ほんとうのピノッキオ」はおとぎ話をダークに描きます。そしてファンタジーですが、実写です。メイクアップで、男の子が木工の人形になるのです。
ダークファンタジーでひと際輝くベニーニの演技
ちょっと不思議なビジュアルですが、私はすんなりと没入できました。ジェペット爺さん役のベニーニがいたからです。老けていました。「ライフ・イズ・ビューティフル」公開から23年、1952年生まれの69歳ですから当たり前ですね。
でも俳優ベニーニのすごさは、前より強く感じました。登場するだけで切ないのです。飄々とした演技は「ライフ・イズ・ビューティフル」のままです。が、飄々さから木工職人ジェペットの孤独、貧しさがにじみます。ピノッキオがしゃべり、歩くと、ジェペットは真夜中にもかかわらず家を飛び出し「息子が生まれた」と叫び、全身で喜びを表します。その姿がかえって彼の切なさを表すようで、胸が締め付けられるのです。中野翠さんも「あの俳優!」としたくなるわけです。
「ほんとうのピノッキオ」の世界は「公助」が足りない!
原作『ピノッキオの冒険』は、1883年にイタリアで出版されたそうです。当時の世相を受けてのことでしょうが、映画から見えたのは貧富の差のとても激しい社会です。のっけからジェペットには仕事がなく、食べるお金に困っています。少し足りないのでなく、ないのです。
ちょっと古い例えを使うなら、「自助、共助、公序」の「公助」がまるでない社会とでも言いましょうか。それでもジェペットが生き延びているのは、近所の人がぎりぎりのところで助けくれているからです。でも、ピノッキオの教科書を買うお金はありません。だから上着もシャツも売ります。それなのにピノッキオは学校を飛び出し、人形劇団についていってしまうのです。
嘘をつくと鼻が伸びることで有名なピノッキオですが、映画ではさほどクローズアップされません。それよりも、優しいけれど秩序が嫌いで、誘惑に弱いピノッキオが描かれます。学校に行くより遊びたい子で、その割にすぐに人の言葉を信じるのです。だから悪い大人に騙されます。が、その悪い大人が弱い立場の人だったりして、「公助が足りなーい」と叫びたくなります。
本国イタリアでは2019年に公開され、大ヒットしたそうです。原作出版から140年近くたってのヒットは「今日性」があるからで、日本も事情は同じだと思ったりもしました。
ダメな子ピノッキオを助けるのは、ファンタジーの力です。森の館に住む妖精が、要所要所で助けてくれます。ブルーの髪を縦ロールにした、それはきれいな妖精で、カタツムリの召使いを従えています。妖精やカタツムリなどファンタジーな登場人物たちの造形は実に美しく、21年アカデミー賞の衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされたというのも納得です。
ピノッキオは次第に成長し、父親を探しに行きます。そして、思いも寄らない場所で再会します。その場面を見て「あ、知ってる」と思いました。小さい頃に読んだ絵本を思い出し、描かれた絵もうっすら浮かんだのです。ちょっと感激しました。
そして、最後です。「ライフ・イズ・ビューティフル」の感動がよみがえります。あちらでは男の子が「マーマ(お母さん)」と叫びました。今回は「パーボ(お父さん)」でした。そのことだけ、書いておきます。
矢部万紀子(やべ・まきこ)
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』(ともに幻冬舎新書)
映画「ほんとうのピノッキオ」
2021年11月5日(金)よりTOHO シネマズ シャンテ他にて全国公開中
監督・共同脚本:マッテオ・ガローネ
プロデューサー:ジェレミー・トーマス
出演:ロベルト・ベニーニ、マリーヌ・ヴァクト、フェデリコ・エラピ
後援:イタリア大使館/イタリア文化会館
原題:PINOCCHIO│2019年│イタリア映画│シネマスコープ│上映時間:124分│映倫区分:G│日本語字幕:杉本あり
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
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